どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて本日、BS12で劇場アニメ『パプリカ』が放送されます。簡単にあらすじを紹介すると「他人の夢を共有できる画期的な装置”DCミニ”が何者かに盗まれた。このままでは現実が夢に侵食されてしまう!真実を突き止めるために活躍する夢探偵パプリカ。果たして犯人は誰なのか…?」って感じの物語です。
本作は『時をかける少女』などで知られる筒井康隆の原作を、『パーフェクトブルー』や『千年女優』などの今敏監督が映画化した長編アニメーション作品で、2006年に劇場公開されました。
公開当時は、夢の中で繰り広げられる様々な活劇や、奇妙で幻想的なイメージを見事に具現化した”パレード”のシーンなどが話題になりましたが、そのハイクオリティーな作画は15年経った今観ても全く色褪せておらず、まさに「圧巻の映像美」と言えるでしょう。
この素晴らしいヴィジュアルを作り上げるために、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』で作画監督を務めた安藤雅司や、沖浦啓之、濱洲英喜、小西賢一、橋本晋治、江口寿志、井上俊之など、業界屈指の凄腕アニメーターが集結(中でも、パレードのシーンを全て担当した三原三千夫の作画がすごい!)。
また、参加した声優(俳優)も非常に豪華で、林原めぐみ、江守徹、堀勝之祐、古谷徹、大塚明夫、山寺宏一、田中秀幸などベテラン勢がズラリ!特にデブキャラの時田を演じた古谷さんはオファーが来た時に「え?この役を僕がやるんですか?」とビックリしたものの、「今までやったことがないキャラだったので最初は戸惑いましたが、とても楽しかった」とコメントしています。
ちなみに、パプリカと粉川が密会するバーの店員役として原作者の筒井康隆と今敏監督が特別出演してるんですが、筒井さんは割とすぐOKが出たのに対し、今敏監督は自らの演技に納得できなかったらしく「何度も自分にNGを出した」とのこと(笑)。
そして音楽は、今敏監督作品には欠かせないテクノ界の巨匠・平沢進が本作でも素晴らしい楽曲を提供しており、「晴れやかすぎて気色が悪い曲」という今さんのオーダーを受けて作った音楽が例の「パレード」なんですね。今敏監督は「こんな拙いリクエストでも、平沢さんはこちらの意図以上を汲み取ってくれました」と大満足だったそうです。
そんなパレードのシーンは劇中で何回か出て来るんですけど、その前に発端となる”事件”が起きるのです。それが「所長が突然おかしくなる」というシーン。
DCミニが何者かに盗まれ、「大変だ!何とかしなければ…」と島所長や主人公の千葉敦子、そしてDCミニを開発した時田が対策を話し合うために所長室に入ると、そこには理事長の乾がいました。
乾はDCミニの盗難をすでに知っていて、「あの技術は危険すぎる。開発は中止だ」と3人に告げますが、千葉敦子は猛反対。そして今後の対応をめぐって意見を交わしていると、急に島所長が奇妙なことを口走り始めるのですよ。
うん、必ずしも泥棒が悪いとはお地蔵様も言わなかった。パプリカのビキニより、DCミニの回収に漕ぎ出すことが幸せの秩序です。五人官女だってです!カエルたちの笛や太鼓に合わせて回収中の不燃ゴミが吹き出してくる様は圧巻で、まるでコンピューター・グラフィックスなんだ、それが! 総天然色の青春グラフィティや一億総プチブルを私が許さないことくらい、オセアニアじゃあ常識なんだよ!
今こそ、青空に向かって凱旋だ!絢爛たる紙吹雪は鳥居をくぐり、周波数を同じくするポストと冷蔵庫は先鋒をつかさどれ!賞味期限を気にする無頼の輩は花電車の進む道にさながらシミとなってはばかることはない!思い知るがいい!三角定規たちの肝臓を!さぁ、この祭典こそ内なる小学3年生が決めた遙かなる望遠カメラ!進め!集まれ!私こそが!お代官様!すぐだ!すぐにもだ!わたしを迎え入れるのだあああ!
こう叫びながら、所長は3階の窓ガラスをやぶって外に飛び出してしまったのです(幸い、木に引っ掛かったおかげで大事には至らなかったらしい)。
このシーンに出て来る「オセアニアじゃあ常識なんだよ!」というセリフのインパクトがあまりにも強すぎて、いまだにネットで取り上げられる機会も多いのですが、初めて観た時は異様なセリフ回しに驚きました。
「カエルたちの笛や太鼓に合わせて回収中の不燃ゴミが…」とか、「絢爛たる紙吹雪は鳥居をくぐり、周波数を同じくするポストと冷蔵庫は先鋒を…」とか、普通に聞いていたら全く意味が分かりません。
なので最初は「デタラメな単語を並べているだけなのかな?」と思ったのですが、その後のパレードのシーンを見るとカエルたちの笛や太鼓に合わせて不燃ゴミが躍っていたり、紙吹雪や鳥居やポストや冷蔵庫などが次々と出て来るんですよね。つまり所長は「このパレードのことを喋っていた」ということが分かるわけです。
今敏監督はこの辺をかなり意図的に演出していたようで、「先にパレードのシーンが出て来ると言葉の意味が分かってしまって怖くない。しかし見せる順番を逆にすることで、直前までコミュニケーションが取れていた人間が急に訳の分からない言葉を話し始めるという不気味さと滑稽さを表現したかった」と説明しています。
また、今敏監督は「以前はきちんとコミュニケーションを取れていた祖母が認知症になった途端に意味不明の言葉を喋り始め、それを聞いた時に大変なショックを受けた」と語っており、おそらく過去の実体験からあのようなシーンを思い付いたのでしょう。
さらに今敏監督は、悪夢の影響を受けた研究所の所員(男女二人)が廊下を行進するシーンでも、「速報!屋根瓦が誘う木陰で昨日を占う未亡人!応答は晴れ!」「まさに活路!展望の秘密は10年ローンの活き作り!」などの”不可解なセリフ”を次々と生み出し、『パプリカ』の奇妙な世界観を強烈に印象付けました。
そしてこれまた意味不明に聞こえますが、今敏監督によると「互いに矛盾するような言葉を組み合わせている」とのこと。例えば、「昨日を占う未亡人」とは「普通、占いは未来を占うもの」という意味で矛盾しているし、「10年ローンの活き作り」は「鮮度が命の活き作りで10年はあり得ない」など、監督の中では「ルールに則ったセリフ」になっているのです(なお、これらのセリフを考えるのに丸1日かかったらしい)。
あと、今敏監督作品で特筆すべきは、「海外の映画監督にも多大な影響を与えている」という点でしょう。有名な話ですが、ダーレン・アロノフスキー監督は『レクイエム・フォー・ドリーム』で『パーフェクトブルー』とそっくりなシーンを再現したり(『パーフェクトブルー』のリメイク権まで購入していた)、『ブラック・スワン』でも類似性を指摘されました。
そして『ダークナイト』や『テネット』のクリストファー・ノーラン監督も、「マシンを使って他人の夢の中へ侵入する」という『パプリカ』の設定とよく似たSFアクション映画『インセプション』を撮っています。
しかも『インセプション』では、「ホテルの廊下で急に人物の体がフワッと浮き上がる」とか、「空間がガラスのように割れて崩れる」など、『パプリカ』のワンシーンを模したかのような描写まで登場(なお、ダーレン・アロノフスキーは今敏からの影響を認めているが、クリストファー・ノーランは特に言及していない)。
この他にも、ゾンビパニック映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』や『新感染半島 ファイナル・ステージ』などのヨン・サンホ監督も、来日時のインタビューで好きな映画監督に今監督の名を挙げており、今もなお世界中のクリエイターに影響を与え続けていることが分かります。
※ちなみに、「粉川が廊下を走っていると急に廊下がグニャグニャと歪み始め、粉川の体が沈んでいく」というシーンはキャラが手描きで背景は3DCGなんですが、今敏監督によると「手描き作画と3DCGが上手く馴染まなくて苦労した。何度も調整を繰り返し、このワンシーンだけで完成するまで3ヶ月ぐらいかかった」とのこと。
このように、今敏監督は国内だけでなく海外からも高い評価を受けており、アメリカのタイム誌は「2010年を代表する人」という特集で、J・D・サリンジャーなどと並び今敏監督を選出。また、カナダ・モントリオールで開催されるファンタジア国際映画祭は、2012年より今敏監督の功績を讃え、アニメーション部門の最高賞を「今敏賞」という名前に変更したそうです。
残念ながら今監督は2010年に46歳という若さで早逝してしまいましたが、残された作品は現在も変わらず世界中のファンを魅了し、没後10年以上経過してもなお、光輝き続けているのです。
というわけで、映画『パプリカ』について制作エピソードを中心にいくつか書いてみたんですけど、本作は内容的にも奥が深く、さらに映画的なネタも多いため、正直まだまだ書き足りないんですよねえ(出来れば冒頭から1カットずつ細かく解説したいぐらいなんですが…w)。なので、機会があればまた改めて記事に書いてみたいと思います。