どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて先日、大ヒット公開中の劇場アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』を観てきたんですが、結論から言うと非常に素晴らしい映画でした!
詳しい内容についてはネタバレになるため後日じっくり書くとして、やはりファンの間で話題になっている「試合シーン」が凄かったですねぇ。
原作の漫画版『スラムダンク』で描かれたキャラクターたちが漫画そのままの姿で、しかも本物のバスケットボールの試合を見ているかのようなリアリティで動いている!
少年ジャンプの連載中からリアルタイムで読んでいた僕としては、もうこの時点で「うおおおお!」と大興奮でしたよ。
ただし、「あれ?『スラムダンク』って過去にもアニメ化されてなかったっけ?」と思った人もいるでしょう。
確かに『スラムダンク』のTVアニメは1993年から96年まで放送され、多くのファンから人気を集めていました(主題歌もヒットし、26年経った現在でも高く評価されている)。
ファンの中ではいまだにアニメ版のイメージが強く残っているらしく、『THE FIRST SLAM DUNK』の声優が発表された際も「なぜTVアニメ版の声優じゃないんだ?」「キャストを変えないで欲しい」などと騒ぎになったほどです。
ところが原作者の井上雄彦さんは、どうやらこのアニメ版をあまり気に入ってなかったみたいなんですよね…。
その理由は、「漫画は自分の描いた絵がそのまま誌面に載るけれど、アニメは自分の絵とは違う」「試合のシーンがリアルじゃない」というものでした。
ご存知の通り、アニメは複数のアニメーターたちが集まって一つの作品を作るため、「原作の絵柄を忠実に再現する」ことが難しいのです。
一応、「作画監督」と呼ばれる人が各アニメーターの絵を随時チェックし、出来るだけキャラが似るように修正しているものの、やはり「完璧に同じ」というわけにはいきません(井上先生的には「どうしても違和感を感じてしまう」らしい)。
『クレヨンしんちゃん』ぐらいシンプルな絵柄ならそっくりに描くことも可能でしょうけど、『スラムダンク』は等身の高い写実的なキャラなのでなおさら似せるのが難しいわけで…。
ましてや、そういうキャラでリアルな試合シーンを描こうとしたら(不可能とまでは言いませんが)相当ハードルが高くなってしまうのですよ。
「じゃあ昔のTVアニメ版はどうやって試合シーンを描いていたんだ?」というと…
こんな感じで、一見すると激しく動いているように見えますが、実は動いているのは背景の方で、1枚の絵を拡大したり縮小したり左右に引っ張ったりすることで「激しい試合の様子」を表現していたのです。
これは『スラムダンク』だけでなく、当時のスポーツアニメではごく普通に使われていた手法で、それほど珍しい表現ではありません。
他にも「顔のアップを何度も入れる」とか「繰り返しパンする(カメラを振る)」とか「止め絵でハーモニー処理」など、かつて出崎統監督が『エースをねらえ!』や『あしたのジョー』などで多用していた”数々の映像テクニック”を、『スラムダンク』でも駆使していたのですよ。
もちろん、こういうシーンばかりじゃなくてドリブルや「ボールを取って味方にパスする」などの動作もちゃんと描かれていますが、基本的には少ない作画枚数で動きを表現せざるを得なかったのです(ドリブルも”リピート作画”で枚数を節約している)。
なぜなら、当時のTVアニメはスケジュールや予算などの制約があり(今でもありますが)、作画的に難易度が高そうなシーンは極力避けられていたんですね(そのため「なるべく作画枚数を使わずにカッコいいアクションを見せるテクニック」が発達していった)。
しかし、井上雄彦先生はTVアニメ版『スラムダンク』のこういう表現に納得できなかったらしく、漫画『リアル』の中では『スラムダンク』を観ている入院中の患者が「へっ、そんな広いコートがあるかよ。どこまで行くんだよ」などと突っ込むシーンが描かれてるんですよ。
このシーンのどこが変なのか?というと、例えば選手がボールをドリブルしながら走り出すと、それを見ている観客たちが「よし、いいぞ!」「頑張れー!」と声援を送ったり、敵チームの監督が「これ以上、点差を広げられるのはマズい。なぜなら…」などと状況を解説し始め、その間選手はず~っと走り続けてるんですよね(確かにコートが広すぎるw)。
まぁ、『巨人の星』でも「ピッチャーが投げたボールがキャッチャーに届くまで何分かかってるんだよ!」みたいなことを言われていたので、これはアニメ版『スラムダンク』に対する不満というより昔のスポーツアニメ全般に対するツッコミなのかもしれません。
ただ、「こういうアニメはこんな風に思われてるんだろうな…」という認識が作者の中にもあったことは恐らく間違いないでしょう。
では一体なぜこんなことになってしまうのか?それは、漫画とアニメでは「時間の感覚」が異なるからです。
例えば漫画の場合は(どんな漫画でもいいんですが)、主人公が「くそ!あと5秒しかない!」と叫んだ後に「一体どうすればいいんだ!もうこれまでなのか…?いや諦めるわけにはいかない!何か方法があるはずだ…!」などと心の中で延々とセリフを喋り続けたとしても、読者は「まぁ一瞬でこういうことを考えたんだろうな」ぐらいの感じでしょう。
しかし、これをそのままアニメにした場合、実際の時間をリアルに認識できてしまうが故に「オイ!とっくに5秒は過ぎてるだろ!」と思わざるを得ないのです(漫画は読むスピード自体が読者に委ねられているため、物語の体感時間も人によって異なるが、アニメは時間の経過が”動く映像”を通してダイレクトに伝わってしまう)。
TVアニメ版の『スラムダンク』にもこのようなシーンが多々見受けられ、試合時間は40分のはずなのに、どう考えても40分以上戦っているのですよ(”間延び感”がすごい)。
そこで井上雄彦先生は、「『THE FIRST SLAM DUNK』ではこういう不自然な描写をなるべく排除し、出来るだけリアルな試合シーンを描きたい」と考えたのです。そのために採用された技術が「3DCG」と「モーションキャプチャー」でした。
3DCGでキャラクターを作れば、原作の絵柄のまま自由自在に動かすことが出来るし、モーションキャプチャーを使えば本物のバスケのプレイも再現可能で、まさに「理想の試合シーンを作り出せるんじゃないか?」と。
ところが、実際にやってみると上手くいきませんでした。
ポジショニングからボールを持つ構え、力のベクトルや重心のかけ方に至るまで徹底的にこだわりながらモーションキャプチャーでリアルな動きのデータを取ったのに、それを3DCGに落とし込んでも迫力が感じられなかったらしい。
そのままだと迫力が足りない。現実の動きをフィクションの絵に落とし込んで、かつリアルに見せる難しさ。誇張というか大袈裟にする部分も必要で、かといってやり過ぎると今度はあざとくなる。ちょうどいいバランスを狙う調整が始まりました。
つまりモーションキャプチャーを使って本物の動きを取り入れても、それだけでは作者が思い描いている”迫力ある試合シーン”は再現できなかったのです。そこで井上先生はどうしたか?なんと、自分でCGを修正し始めたのですよ!
そのやり方も独特で、3Dソフトが使えない井上先生はまず出来上がったCG画像をキャプチャし、その上から(まるで赤ペン添削のように)直接自分で”正しい絵”を描き加え、「こういう感じでお願いします」とCG担当者に次々と指示を出していったそうです。
さらにキャラの動きにもこだわった井上先生は、試合シーンの映像を0コンマ1秒単位のレベルでチェックしつつ、「ジャンプして着地した時の重心の位置が少しおかしいので直してください」などと異常に細かい調整を何度も何度も繰り返しました。
当然ながら膨大な作業が発生し、井上先生曰く「スタッフに指示するために何百枚も絵を描き続けたが、描いても描いても終わりが見えない。今回の映画は今までの挑戦の幅を完全に超えていて、量的にも期間的にも一番キツかった」とのこと。
こうして完成した『THE FIRST SLAM DUNK』は、「自分で描いた絵をそのままリアルな試合シーンで動かしたい」という井上雄彦先生の願いを見事に叶え、素晴らしい映画に仕上がったのです(試合展開も驚くほどスピーディで、全く間延びした感じがありません)。
最初に映画化の依頼があったのが2009年とのことなので足掛け13年(実制作は4年)もかかったわけですが、「自分自身が納得し、ファンの皆さんも喜んでくれる作品を作りたい」「そのためには決して妥協できない」という井上先生の強い信念とこだわりがあったからこそ、数多くの困難を乗り越えて実現に至ったのでしょう。本当にありがとうございました!
ちなみに「今回初めてアニメの監督を務めて、プラスになったことは何ですか?」と訊かれた井上先生は、なんと「前よりも絵が上手くなった」と答えたそうです。
どうやら、スタッフに自分の意図を伝えるためには説得力のある絵を描かなければならないと考え、精度の高い絵を何百枚も描き続けていたら「これまで描けなかった角度の絵も描けるようになっていた」とのこと。
もともと井上先生は絵が抜群に上手いのに、その画力がさらにアップしたとは……恐るべし(笑)。