どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて本日、BS12(トゥエルビ)で劇場アニメ『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊2.0』が放送されます。『攻殻機動隊』と言えば、士郎正宗の原作漫画を『うる星やつら』や『機動警察パトレイバー』などで知られる押井守監督がアニメ化したSFアクション映画で、1995年に公開されファンの間で話題になりました。
ただし、本作の場合は日本よりもむしろ海外での評価の方が高いと言えるでしょう。
実際、欧米では大友克洋監督の『AKIRA』と並んで現在でも人気が高く、1996年にビデオソフトが発売された際にはビルボード誌のビデオチャート部門で全米1位を獲得し、スティーヴン・スピルバーグやジェームズ・キャメロン、ウォシャウスキーなどハリウッドの映画監督にも影響を与え、『マトリックス』の元ネタになったと言われています。
さらにTVアニメ版として『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』が作られ、その後シリーズ化。2004年には映画版の続編『イノセンス』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出されたり、2020年にはNetflixから全世界に向けて3DCGの新作が動画配信されたり、ついにはスカーレット・ヨハンソン主演で実写映画化されるなど、その人気はいまだに衰える気配がありません。
そんな『攻殻機動隊』が、なんと2008年にフル・リニューアルされました。きっかけは、押井守監督が『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008年8月公開)の音響制作のためにスカイウォーカー・サウンドを訪れたことです。
スカイウォーカー・サウンドとは、ルーカスフィルムの1部門としてジョージ・ルーカスが設立した会社で、最新の設備や膨大なライブラリーを持つハリウッドでも有数の音響スタジオです(拠点はカリフォルニア州マリンカウンティ)。
スカイウォーカー・サウンドでの打合せを終えた押井監督は帰国時の空港で、同行していた石井朋彦プロデューサーに「『攻殻機動隊』の音響を、スカイウォーカー・サウンドで全部作り直すことは出来ないだろうか?」と相談したそうです。
押井さん曰く、「音響って大事だからね。映画の中の比重として音が半分ぐらい占めてるから。特にアニメの場合はもともと音が無いので余計に重要。でも日本には、音響に金をかけるという発想がない。どんなに大作でも、音響費となったら途端にプロデューサーはケチになる。”お金かけなくても出来るでしょ”って言うんだけど、そりゃ出来るよ!クオリティに目をつぶればね!って話なんですよ」とのこと。
どうやら押井さんは、昔から日本映画の音響制作に不満を持っていたらしく、「日本のスタジオとハリウッドを比べた場合、残念ながら土台からして作り方が違う。ちょっとこの差は容易には埋まらないだろうというぐらい決定的に違うんです」と語っていました。
まず、そもそも予算規模が違うし、向こうでは1つの作品に専属のサウンドデザイナーが付き、総勢10人ぐらいで3ヶ月間かかり切りになるらしい。一方、日本では一人の担当者が他の作品と掛け持ちしながら2~3人のスタッフを使って短期間で必死に仕上げる…という状況だそうです。
そのため押井監督は、「もちろん日本にも優秀なスタジオはあるけれど、やはりスカイウォーカー・サウンドにはかなわない。あんなすごい音を聴かされてはね」と告白し、さらに音響について考えているうちに「昔の映画の音響をスカイウォーカー・サウンドの技術で全部やり直したらどうなるんだろう?」ということが気になり始めたようです。
そこで、押井さんからこのような相談を受けた石井朋彦プロデューサーは、「『攻殻機動隊』をリニューアルして劇場公開するチャンスは『スカイ・クロラ』の公開直前以外にない!」と判断し、帰国後すぐにスタッフ編成を開始。こうして『攻殻機動隊2.0』の制作が決まったのです。
しかしその後、事態は予想外の展開を見せ始めました…!
当初は音響だけリニューアルするはずだったのに、なんと押井監督が「可能な限り映像もリニューアルしよう」と言い出し、大幅な方向転換を余儀なくされたのですよ。
押井さん曰く、「最新の3DCG技術を駆使して『攻殻機動隊』をどこまで変えられるか?ということに興味が湧いた。この際だからあれも変えたいこれも変えたい、やれるところは全部3DCGに変えてくれ!って無茶なことを言ったら、新作カットや合成し直すシーンが膨大に増えた」とのこと。
リニューアルの話が出た2008年頃は、まだアニメのキャラは手描きが多かったのですが、押井監督は「今後はキャラを3D化する流れが加速していくだろう。それは避けて通れない。問題は、リアルなキャラをどうやって3D化するか?ということ。日本人っていうのはある種の”技”を追求するから、リアルなCGでも役者の動きをデジタル化した”モーション・キャプチャー”ではなく、技を駆使した”手付けの3Dアニメ”になるに違いない」と考えたらしい。
そのために、『攻殻機動隊2.0』の中で草薙素子を3D化し、「次の作品のステップアップになりそうな部分に関して、”テストケース”として3Dに置き換えることにした」とのこと(つまり次回作のための”実験”だったのかw)。その結果、本編の90カット以上が新作映像に置き換えられ、キャラクターだけでなく、メカや背景や色調など、ありとあらゆる要素に手が加えられることになったのです。
では一体、オリジナル版と比べて『攻殻機動隊2.0』はどこがどのように変わったのでしょうか?以下、具体的に検証してみました。
●ビルの上の草薙素子
「素子が義体であることを強調したい」という押井監督の要望に応えて、CGIスーパーバイザーの林弘幸が制作した3DCGの草薙素子。背景のビルも全てCGに置き換え、情報量を大幅に増やしている。
●光学迷彩の表現
オリジナル版では、「ティマ」というフィルターを使って背景が微妙に揺らぐような効果を生み出していたが、『攻殻機動隊2.0』では背景とキャラクターが3DCG化され、より多くのCG素材から合成画像が作られることになった。
●外務省のティルトローター
ヘリなどの航空機は、わざわざ『攻殻機動隊2.0』のために新規デザインを描き起こした上で3DCGが作られた。また、画面レイアウトも新たに描き直されている。
●ダイビングする草薙素子
キャラクター以外にも、フローターから出る泡や液体や水中に漂う塵などが光源によって浮かび上がる様子も、全て3DCGで再現された。
●ゴーストの表現
『攻殻機動隊2.0』では、林弘幸の提案で”ゴースト”が視覚化されている。ゴーストは王冠のように脳を取り巻く形で表現され、人形使いの中に発見されたゴーストは他のものより強い光を放っている。
●都市の描写
「オリジナル版は情報量が足りないんだ。都市の情報量をこれでもか!っていうほど詰め込みたい。そのために都市が出てくるシーンは全てCGにしたいんだよ」という押井監督の要望に応えて、冒頭のシーン同様、ラストカットでも徹底的に映像の情報量が増やされた。
※なお、ここに取り上げた例はほんの一部で、上記以外にも多数の場面に変更や修正が加えられています。
このように『攻殻機動隊2.0』は当初の計画から大きく逸脱し、元の映像が次々と新作カットに差し替えられていきました。画面のディテールや密度感が増大し、さらにオリジナル版ではグリーン系だった色調が、『2.0』ではアンバー系(琥珀色)に変化したことで見た目の印象もかなり違っています(なお、石井朋彦プロデューサーは「押井監督の要望が追加される度に、CG担当の林さんの顔がどんどん青ざめていった」と証言w)。
ただし、何でもかんでも押井監督の言う通りに変更したわけではありません。
例えば、終盤に登場する公安6課のスナイパーのヘリは非常に素晴らしいアニメーションで「オリジナルのままでいいのに…」という意見が多く、作画監督の西尾鉄也さんも「これは変更する必要があるんですか?変えちゃダメだよ!」と猛反対。しかし、押井監督は「いや、基本的に飛び物(ヘリなど)は全部CGにしたい」と言い張ったため、林さん曰く「スタッフみんなで監督を羽交い締めにして止めた」そうです(笑)。
一方、音響の方はセリフ・効果音・BGMなど100パーセント全てがリニューアルされました。担当したのは『Mr.インクレディブル』で第77回アカデミー賞の音響編集賞を受賞したランディ・トムとトム・マイヤーズで、押井監督によると「”全く違う才能で音を付けてくれ”と頼んだ。彼らはオリジナル版の音を敢えて参考にしていない。映像だけを見て、感じた音をそのまま自分たちで作ったんだ」とのこと。
そのため、『攻殻機動隊2.0』の効果音はドアの締まる音から薬莢が地面に落ちる音に至るまで、ありとあらゆるSEを新規に作成。さらに川井憲次の音楽も、コーラスや弦の大編成が全て録音し直され、オリジナルの4チャンネルから6.1チャンネルにリミックスされました。
そしてセリフも、草薙素子役の田中敦子をはじめとして大塚明夫(バトー役)や山寺宏一(トグサ役)などオリジナル版の声優たちが13年ぶりに集結し、再アフレコが行われたのですが、特筆すべきは人形使い役に榊原良子が抜擢されたことでしょう(言うまでもなく、この変更は押井守監督の強い希望によって実現しましたw)。
押井さん曰く、「もちろんオリジナル版の家弓家正さんがいいっていうのは分かり切っている。ただ、以前から”良子さんが人形使いを演じたら一体どうなるんだろう?”っていう個人的な興味があった。良子さんがやることで、もっと何か匂ってくるものがあるんじゃないかと…。結果、僕の印象としてはかなり”色っぽく”なった」とのこと。
実際に両方のバージョンを聴き比べてみると、家弓さんの方は「美しい女性の義体から男の声が聞こえる」という意外性にまず驚かされ、さらに家弓さんの朗々たる喋り方と相まって、「人知を超越した神懸り的な存在」を感じさせました。
それに対して榊原さんの方は、「女性の義体から女性の声が聞こえる」という点では違和感がないものの、「人形使いは素子との融合を求めている」という劇中のシチュエーションを考えた場合、ちょっと「百合っぽい雰囲気」が漂ってきて、ラストシーンの意味合いが変わってくるんですよね。
実はこれ、押井監督の思惑通りだったらしく、石井朋彦プロデューサーが「オリジナル版は人形使いと素子の”男と女の婚姻の物語”だったが、『攻殻機動隊2.0』はもっと淫靡な、艶っぽい作品に変化している」と指摘したところ、押井監督はニヤリと笑って「やってみたかったんだ。成功したと思うよ」と答えたそうです。
というわけで、『攻殻機動隊2.0』が作られた経緯や変更箇所などについて色々書いてみたんですが、本作に関してはファンの間でも賛否が分かれているようで、「オリジナル版の方が良かった」という意見も少なくありません。
個人的には、効果音やBGMなどの音響全般は迫力が増して良かったと思う反面、映像に関してはヘリやキャラクターを3DCGに置き換えたカットに違和感を覚え、特に草薙素子のCGは手描き作画との差異がちょっと目立ち過ぎかなあ…と感じました。
ただし、押井監督自身は「別にオリジナル版を上書きして最新バージョンに変更したわけじゃない。家弓さんの方も、観ようと思えばいつでも観られる。映画がオンリーワンじゃなきゃいけない理由がどこにあるのか?って話ですよ」とコメントしています。
このことから、どうやら押井さんは「観客が好きな方を選べばいい」というスタンスみたいですね。なので、観る際は『攻殻機動隊』でも『攻殻機動隊2.0』でも、自分の好きな方をチョイスすればいいんじゃないのかな?と思います。