どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて本日、新海誠監督の最新作『天気の子』が地上波初放送されます。本作は2019年に公開され、142億円の興行収入を記録した大ヒット映画です。
新海誠監督の作品といえば、「男女のすれ違いを描いた切ないストーリー」や「緻密に描き込まれた美しい背景」などで知られていますが、では「具体的に何がどう凄いの?」と聞かれたら、よく分からない人が多いんじゃないでしょうか。
そこで本日は、アニメーション監督としての新海誠のすごさについて具体的に解説してみたいと思います。
●撮影(コンポジット)について
まず最初に、アニメーション制作における「撮影」とは何か?という点についてですが、1990年代まではセル画を背景美術の上に重ねて撮影台で撮影していたため、実写映画の「撮影」と意味合いはほぼ同じでした。
しかし、2000年前後にデジタル技術が導入され始めてからは、「コンピューター上で素材(絵)を合成して完成画面を作り出す」という意味に変化しています。つまり、昔のようなフィルム撮影はもう行われていないのですが、業界では今でも慣例的に「撮影」という言葉を使っているのです。
そして近年では、この「撮影」という作業が単に「素材を合成する」だけではなく、作品のクオリティに関わるような重要な画作りまで担うようになってきており、その第一人者が新海誠監督と言われているのですよ。
もともと新海監督は自主制作の分野から出て来たクリエイターで、2002年の『ほしのこえ』で一躍注目を集め、当初は「デジタル技術と3DCGを駆使して、あんな凄いクオリティのアニメを一人で制作したのか!?」という”驚き”が中心でした。
その後、『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』など新作を発表する毎に評価は高まっていき、2016年の『君の名は。』で250億円のメガヒットを記録する頃には”新海ワールド”と呼ぶべき美しい映像が注目されていたのです。
では、新海誠作品における特徴的なヴィジュアル表現はいかにして生まれたのか?実は”撮影”にその秘密があったのですよ。
従来のアニメーション制作において、撮影は主に撮影監督の仕事でしたが、新海監督は自ら撮影を手掛け、背景の色調を修正したり、キャラクターの影の色を変えたり、細かい部分にまで手を加えていたのです(もちろん『天気の子』にも撮影監督はいますが)。
これは新海監督が「自分で何でもやるのが当たり前の自主制作出身」だからこそ生まれたスタイルで、「外部から来てもらったスタッフに”普通、撮影で色はいじらないですよ”と言われて”え?そうなの?”とビックリしました(笑)」と語っていることから、本人は特殊な手法だとは全く思っていなかったらしい。
しかも新海監督は、透過光や入射光、レンズフレアなど「光」の表現にも強くこだわり、画面上のありとあらゆる光に手を加え、さらにその上、Photoshopを使って食器や置物のような小道具にもハイライトなどのディテールを足しているそうです。
このように、監督自身が全カットに渡ってヴィジュアルの最終調整を行っているからこそ、画面の細部に至るまで監督の意図が反映され、特徴的な”新海スタイル”が確立できたのでしょう(ちなみに、最近では新海さんのように撮影で映像のクオリティをコントロールする監督が増えているそうです)。
●Vコン(ビデオコンテ)
新海アニメの制作過程で特徴的なのがVコン(ビデオコンテ)です。Vコンとは絵コンテを動画に仕立てたもので、作品の完成形をイメージするために使用され、新海監督以外にも使っている人はいます。
しかし新海監督のVコンが特殊なのは、そこに監督自らの声でセリフが当てられ、綿密に長さやタイミングまで計算している点なのですよ。
一般的にセリフの長さやタイミングというものは、各アニメーターが原画を描く際に絵コンテを基に自分で設計します。ところが、そのタイミングを予め全て指定してアニメーターに渡すことによって、ある種の「プレスコ的な作り方」になるんですね。
セリフのタイミングが決まると、アニメーター側で演技付けできる範囲や、セリフの強弱といった微妙なニュアンスなども限定されるので作画する方としては多少窮屈になるかもしれませんが、監督の意図はバッチリ再現できるわけです(なんせ監督の声に合わせて作画しているので)。
こういうやり方でアニメを作っている人は、今のところ新海誠監督だけだと思います。例えば、宮崎駿監督の場合は自分で絵が描けるので、こんなことをしなくても気に入らない原画があったら修正すればいい。
しかし原画が描けない新海監督は、”自らの声”を使って作画を完璧にコントロールし、理想のタイミングを表現しようとしているのですよ。これはすごい!
ちなみに新海監督のVコンにはセリフだけでなく効果音や(仮の)BGMまで入っていて、とある番組に出演した際、「そこまでやる必要ありますか?」と聞かれた監督は、「絵よりも声のリズムや音楽がまず先にあって、それに絵を乗せていく感覚」「自分で喋ってみないと正しいセリフが分からない。一度正解を出すためにも必要な作業で、これをやることによって初めてキャラクターが動き出す」と答えていました。
●RADWIMPSの楽曲
『天気の子』の楽曲を担当したのは『君の名は。』に引き続きRADWIMPSですが、新海監督のRADWIMPSに対する信頼度の高さというか、RADWIMPSの新海アニメに対する影響力の大きさは凄まじく、もはや単なる”楽曲担当”という役割を超えて、新海アニメにとって無くてはならない存在と化しています。
作業のプロセスも独特で、新海監督曰く「音楽を発注するというより、初期段階の脚本をまず洋次郎さん(RADWIMPSの作詞・作曲担当)に読んでもらって、どんな音が聴こえたのかを教えてもらう」とのことで、そこから野田さんが最初のインスピレーションをもとに物語の核となるメインモチーフを作曲。
そして断片的な歌詞が記されたデモ音源を受け取った新海監督は、そのイメージをシナリオにフィードバックさせ、キャラクターのセリフや行動をどんどん変化させていく…というやり取りを何度も何度も繰り返しながら物語を作っていくらしい。
中でもクライマックスの重要なシーンで流れる「グランドエスケープ」は「物語の展開にも大きな影響を与えた」とのことで、野田洋次郎さんは以下のように語っています。
帆高が例のセリフを叫ぶシーンは、実は監督からいただいたビデオコンテではもう少しあっさりした描写だったんです。でも僕は、16歳の少年があんな行動をとるなら、それを後押しする何かが必要だと思った。それで三浦透子さんと僕の声を何十回も重ねて合唱を押し出したバージョンを作ってみたんです。そうしたら次は、その曲に合わせてコンテを変えてきたんですよ。この曲に限らず今回は、物語の根幹に関わる部分まで、図々しいほど意見を言わせていただきました。前作よりもさらに踏み込んだモノ作りが出来たと思います。
また、ラストシーンのセリフも最初の脚本では「おかえりなさい、帆高」「ただいま、陽菜さん」となっていたそうです。ところが、RADWIMPSが作った「大丈夫」という曲を聴いた新海監督が感激して「セリフを書き換えた」とのこと。
新海監督はイベントに出席した際、「RADWIMPSの曲が物語の形を変えてくれてアップデートしてくれた」と説明し、楽曲からの影響が大きかったことを認めています。こうして映画は帆高の「僕たちはきっと大丈夫だ」というセリフで幕を閉じることになったわけです。
楽曲に合わせてシナリオやコンテをどんどん変えていく。そうすることによって曲と映像が異様なほどにシンクロし、とてつもなくエモーショナルな表現が可能となったのですが、こんなやり方をしているアニメーション監督も恐らく新海誠だけと思われ、それこそがまさに新海監督のすごさと言えるでしょう。
ちなみに、新海監督は最初の脚本を野田さんに見せる際にLINEで送ったところ、野田さんから「メチャクチャ読みづらいのでメールで送ってもらえますか?」と返事が来たそうです(笑)。
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