優れた俳優であると同時に、素晴らしい映画監督として数々の傑作を世に送り出してきたクリント・イーストウッド。
そんなイーストウッド監督の最新作『15時17分、パリ行き』は、2015年8月21日に発生した『タリス乱射事件』を映画化した、いわゆる「実話もの」です。
乗客554名を乗せたアムステルダム発パリ行き高速鉄道「タリス」の車内で、イスラム過激派の男が銃を乱射。乗客一人が被弾し重傷を負うものの、たまたま乗り合わせていた3人のアメリカ人が勇気を出して立ち向かい…
という内容なんですが、一般的に「実話の映画化」っていうのは「実際に起きた事件をプロの俳優が再現するパターン」が普通じゃないですか?
例えば、過去のクリント・イーストウッド監督作品でも、『ハドソン川の奇跡』ではトム・ハンクスが、『アメリカン・スナイパー』ではブラッドリー・クーパーがそれぞれ主人公を演じていました。
しかしこの映画では、なんと主人公となる3人の若者(アンソニー、アレク、スペンサー)の役を、「事件に遭遇した本人」が自ら演じてるんですよ。えええええ!?それだけでなく、犯人に撃たれた被害者(マーク・ムーガリアン)や彼の妻イザベル、列車の乗務員や警察官や救急隊員に至るまで、あの日現場にいた当事者たちが、事件当日の服装のまま「本人役」で出演しているのです(”犯人”以外のほぼ全員が参加したらしい)。
さらにセットも使わず、本物の高速列車を実際の運行通りに走らせ、狭い車内の中で照明まで自然光のみという徹底ぶり!まさに「リアル」という意味においては、これほどリアルな映画も滅多にないでしょう。
当初、イーストウッド監督は他の映画と同じようにオーディションでプロの俳優を選ぶつもりでしたが、本人たちに会って話をしているうちに「この3人が自分で演じた方が面白いんじゃないか?」と思い付いたらしい。
イーストウッド曰く、「この試みが上手くいくかどうかはわからなかった。しかし、多くの映画はほとんどが”見せかけ”だが、この映画には嘘が少ない。細部まで本物のリアリティに満ちている。それが観客をこれまでにない感動へ導いてくれると思ったんだ」とのこと。
やらせる方もアレですが、引き受ける方もどうなのかと(笑)。なんせ演技経験ゼロのド素人ばかりですからねえ。なお、主演の3人は「他の誰かを演じるのは無理だけど、自分がやったことを再現するだけなら出来なくはないだろう」と思ったらしい。
さらに撮影現場でも、クリント・イーストウッド監督はほとんど何も演技指導をしなかったそうです。「だって僕よりも彼らの方が当日に何が起きたかを詳しく知ってるからね。その瞬間に何を考え、どう行動したのか、全て彼らに任せた方が間違いないと思ったんだ」とのこと。
このようなイーストウッド監督の判断によって、過去に類を見ない”超本物志向”の映画が出来上がりました。
ただし、いくらリアルにこだわったからといっても、それによって直ちに映画が面白くなるとは限りません。事実、「ストーリーがいまいち」「特に前半部分が退屈」など否定的な意見も多かったようです。
それもそのはず、普通の映画はドラマを盛り上げるための”演出”をあちこちに仕掛けるものなのに、本作は「実際に起きたことをほぼそのまま再現しているだけ」なので、”本当の日常描写”が延々続いてるんですよ(そりゃ退屈だわw)。
じゃあ、この映画は駄作なのか?というと、それも違うと思うんですよね。たとえば、僕が『15時17分、パリ行き』を観て「おお!」と感じた場面はラストシーン。
この手の「実話もの」は「エンドロールで本人の映像が流れる」っていうのがお約束で(『ハドソン川の奇跡』でもあったけど)、普通はそういうシーンが出てきた瞬間に「ああ、こっちが本物(現実)ね。今まで観ていたのは作り物か」と再認識させられるんですよ。
もちろん、それでガッカリするわけじゃないし、そもそも最初からわかっていることなので何の問題もないんですが、少なくともその時点で「虚構」と「現実」がはっきりと分断されるわけじゃないですか?
ところが『15時17分、パリ行き』の場合は、ラストに当時のニュース映像が流れ、3人が本物のフランス大統領と並んでいるシーンが映っても、劇中の彼らがそのまま出てるんですよ(当たり前だけど)。
つまりこの瞬間、「虚構」と「現実」が分断されることなくシームレスで繋がってるんですよね。この感覚はいったい何なのか?と。
映画の本編はドキュメンタリーではなく、あくまでも「本人が演じた作り物」にすぎません。にもかかわらず、一つの映画の中で「虚構」と「現実」がいつの間にか融合しているという曖昧さ。
そういう”奇妙な感覚”こそがまさに、『15時17分、パリ行き』の大きな特徴であり、他の映画にはない画期的な部分だと思います(クリント・イーストウッド監督が最初からこういう効果を狙っていたのかどうかは分かりませんが)。
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