リドリー・スコット監督の最新作『ゲティ家の身代金』は、実際に起きた誘拐事件を元に作られたサスペンス映画です。
1973年、イタリア・ローマでアメリカ人のジョン・ポール・ゲティ三世が誘拐されました。やがて犯人から身代金が要求されるのですが、その額なんと1700万ドル!
実は彼の祖父は総資産50億ドルとも言われる石油王:ジャン・ポール・ゲティだったので、「そんな大金持ちならすぐに身代金を払うだろう」と犯人たちは考えたのです。
ところが、ジャン・ポール・ゲティは「洗濯代がもったいない」と言って自分でパンツを洗うぐらいドケチだったのですよ。
まあ「金持ちほど無駄遣いをしない」という話も聞きますが、なんとゲティ氏は「身代金が高すぎる」と言って支払いを拒否したのです。えええ!?
これを聞いたポールの母親のアビゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)は「有名な絵画ならすぐ買うくせに!」と大激怒。ゲティ氏の豪邸を訪れて交渉しようとするものの、全く相手にしてもらえません。
さらに、ポールの友人たちが「わざと誘拐されたフリをして金をもらう計画を立てていた」と証言したため、警察から「狂言誘拐なんじゃないか?」と疑われてしまう始末。
そのせいで交渉が全く進展せず、何カ月も人質の世話を続けるはめになった誘拐犯たちは「話が違う!」とイラだち、とうとうポールをマフィアに売り飛ばしてしまいました。
凶悪なイタリアン・マフィアに監禁されたポールは脱出を試みますが、結局見つかって再び連れ戻され、片耳を切り落とされるという悲惨な事態に!
そして犯人は切り取った耳を新聞社に送り付け、「身代金を払わなければもっと酷い目にあわせるぞ!」と脅したのです。
それを知ったアビゲイルは「どうしよう…」と絶望的な気持ちになったものの、この記事が掲載された新聞1000部をゲティ氏に郵送。驚いたゲティ氏はとうとう「金を払う」と約束してしまいました。
というわけで本作は、「息子をさらわれた母親が身代金を捻出するためにドケチな祖父と対決する」という、ちょっと変わったサスペンス映画になっています。
普通、こういう映画は「人質を救出しようと頑張る警察の姿」とか「誘拐犯との緊迫感溢れるやり取り」などが見どころなんですが、そういうシーンはほとんどありません。
一応、マーク・ウォールバーグ演じるチェイスが元CIAという経歴なので「スキルを活かして犯人を捜し出すのだろうか?」と思いきや、特に事件解決の役には立たないんですよねえ(笑)。
面白いのは、ゲティ氏が身代金を払うまで数カ月かかったため、その間に犯人グループの一人とポールが仲良くなってしまい、とうとう「俺はもう金なんかどうでもいい。ポールに死んでほしくないんだ!」とまで言い出すんですよ。
この辺はどこまで事実なのかわかりませんが、「早く逃げろ!」と懸命にポールを助けようとする誘拐犯の姿に結構グッと来たりしました(でも身代金はしっかりもらってるんだけどw)。
ちなみにこの映画、当初はゲティ役をケヴィン・スペイシーが演じていて、一旦は全ての撮影が完了してたんですが、公開直前にスペイシーの「少年に対するわいせつ行為」が発覚し、なんと芸能界を引退してしまったのです。
当然、そのままでは公開することができず、かと言って公開予定日まで1カ月しかありません。「いったいどうすれば…」と頭をかかえる関係者たち。
しかしリドリー・スコット監督は「撮り直そう」と即決!すぐにクリストファー・プラマーを代役として起用し、ケヴィン・スペイシーの出演シーンを全て撮影し直したのです。それもたったの9日間で!
映画を観た人はわかると思いますが、ゲティ氏の登場場面ってかなり多いんですよ。いくらリドリー・スコットが早撮りで有名とはいえ、あれだけの分量をわずか9日で撮り切るとは、驚くべき離れ業と言えるでしょう。
なお、この件に関してリドリー・スコット監督は以下のようにコメントしています。
クリストファー・プラマーのおかげで全然違う映画になった。ケヴィン・スペイシーが演じたゲティはひたすら冷酷なだけだったが、プラマーには心の奥に隠した温かさ、寂しさ、人間味がある。ユーモアもね。おかげで、本当に哀れな男としての深みが出たよ。
ちなみに、再撮影ではリドリー・スコットやミシェル・ウィリアムズが1000ドル以下の安いギャラで協力していたのに対し、マーク・ウォールバーグだけ150万ドルももらっていたことが発覚。
そのせいで世間から猛烈な批判を浴びたマーク・ウォールバーグは、再撮影のギャラ150万ドルをセクハラ撲滅運動「Time's Up」の募金に全額寄付するはめになったそうです(^^;)