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岩井俊二監督『花とアリス殺人事件』ネタバレ感想/作画解説

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どうも、管理人のタイプ・あ〜るです。

本日、池袋の新文芸坐にてオールナイト上映イベント「新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol.86 アニメはいいぞ」が開催されます。上映作品は『同級生』、『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』、『花とアリス殺人事件』、『ガールズ&パンツァー 劇場版』の4本立てとなっており、なかなか個性的なラインナップで楽しそうですねえ(^_^)

というわけで、本日はこの中の1作『花とアリス殺人事件』を取り上げてみたいと思います。本作は、岩井俊二監督が2004年に撮った実写映画『花とアリス』の前日譚となる内容で、前作で高校生だった荒井花(花)と有栖川徹子(アリス)の「中学生時代」を描いたドラマなのです。

では、なぜ前日譚が実写ではなくアニメーションになったのか?と言うと、岩井俊二監督は当初、「二人の小学生時代(出会った頃)」を描こうとしていたんですね。でも当時、花役の鈴木杏が28歳、アリス役の蒼井優が30歳だったため、「さすがに小学生の役は無理があるだろう」と考え、アニメーションとして作ることになりました。

ところが、アニメのスタッフから、「小学生だと生徒の服装が全部バラバラになって大変なので、出来れば設定を変えて欲しい」と言われた監督は、「じゃあ中学生にしようか」とあっさり変更。しかしその後、「あれ?もしかして中学生なら実写でもいけたんじゃないの?」とアニメで良かったのかどうか、ちょっと悩んだそうです。いやいや、中学生でも実写は厳しいでしょ(笑)。キャストを変えるなら別だけど(^_^;)

なお、キャストを変更しなかったおかげで、アリス役の蒼井優と花役の鈴木杏がそのまま続投することになり、その他、アリスの母親役に相田翔子、父親役に平泉成、花の母親役にキムラ緑子、バレエ教室の先生に木村多江など、前作のキャラが同じ役者で(声優として)再登場している点も嬉しいところ。

まあ、そんな感じで岩井俊二監督が初めて長編アニメを手掛けることになったわけですが、実はもっと以前から監督の中では「アニメーションを作ってみたい」という思いがあったそうです。それはラルフ・バクシ監督の『アメリカン・ポップ』という映画を観たのがきっかけだったとか。

『アメリカン・ポップ』は1981年に公開された長編アニメーションで、「ロトスコープ」という特殊な技法が使われていました。ロトスコープとは、人物の動きを実写で撮影し、それを手描きでトレースしてアニメを作る手法のことで、岩井監督はこの映画を観て衝撃を受け、「自分もやってみたい!」と思ったそうです。

こうして『花とアリス殺人事件』はロトスコープで作られることになったのですが、ロトスコープでアニメを作るには、まず実写映像を撮らなければなりません。そこで岩井監督は最初に絵コンテを描き、それに従って実写映像を撮影。撮った映像を編集して音声もダビングし、一つの映画として仕上げました。

つまり、アニメを作る前に「ガイド用」としての実写映画を、1本丸ごと完成させたんですね。凄い手間がかかってる!しかも、実写映像に出演した役者はあくまでも「ガイド用」の役者で、鈴木杏や蒼井優ではないのですよ(別の役者が演じたアリスの動きに、鈴木杏や蒼井優が声を当てている)。

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さらに、本作の特徴はそれだけではありません。なんとこの映画、3DCGでもキャラクターが作られていたのです。全てをロトスコープで描いたカットがある一方、逆に3DCGだけで作られたカットもあり、一つの映画の中でロトスコープと3DCGが混在しているのですよ。

いや〜、これにはビックリしました!ロトスコープだけで作られたアニメは今までにもたくさんあったし、フル3DCGアニメも珍しくないでしょう。でも、本作のように両方の手法で作られたアニメ(しかも2種類のキャラが同一画面上で共存しているパターン)は、ちょっと前例が無いと思います。

完成した映像を見ると、手描きのラフなロトスコープとアニメ調の3DCGが複雑に入り乱れ、どこがロトでどこがCGなのか、一見しただけでは区別がつきません。二つの異なる技術が一つの映画の中で、ここまで見事に融合していることにとても驚きました。

もちろん、じっくり見れば質感の違いから「これはロトかな?CGかな?」と気付く場面もあるのですが、アニメーションの表現技法において、こうしたユニークな映像スタイルを提示して見せたこと自体が画期的であり、非常に素晴らしいと思います(主人公はCGで他は手描き↓)。

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また、制作方法も大変ユニークで、ロトスコープを手描きしたスタッフはプロのアニメーターではなく、何とツイッターで募集した100人ほどの一般人だそうです。ええええ!?と言っても全くの素人じゃなくて、一応イラストを描いているとか、絵の得意な人を集めたようですが…う〜ん、それでも難しいんじゃないの?

岩井監督曰く、「普通のアニメは”無いもの”を描かなくちゃいけないけど、ロトスコープは”すでにある映像”をなぞればいいので、速く簡単に描けると思ったんです。実際、作業のスピードは全然速いんですが、服を修正したりとか、何かに人物が隠れている部分も描かなくてはいけないとか、余分な作業が発生した途端に難易度が上がってしまうんですよ」とのこと。

やっぱり、アニメの制作時には様々な困難があったようですねえ。例えば、「実写映像をトレースする」と言っても、役者の顔をそのまま描き写すわけではないとのこと。本作にはキャラクターデザイナー(森川聡子)がいて、通常のアニメのように設定画が存在します。

しかし、実写映像の役者はキャラクターデザインとは異なる顔なので、トレースする際にアニメ用の顔に描き直さなければならないのですよ。これには岩井監督も「失敗しましたね。あまり(デザイン画と)似てないんですよ(苦笑)。本当はその役柄に合った子をキャスティングすれば良かったんですが…。そこはもっとこだわるべきだった」と反省しているようです。

その他、実写の映像をそのままなぞるとキャラクターの目が小さくなり過ぎるため、撮影現場で役者の目にわざわざ「アニメっぽい目」を貼り付け、その目をガイドにして絵を描くなど、苦労の連続だったらしい(ちなみに、頭からぶら下がっているヒモみたいなものは「髪の毛」のガイド↓)。

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また、3DCGのスタッフも苦労が多かったようで、当初は「CGでやるならディテールを増やした方がいいだろう」と考え、キャラの質感や影の付け方もリアルに作り込んでいたものの、ロトスコープの絵柄と違いすぎるため、どんどんディテールを減らしていき、最終的にはロトの質感に寄せる形になったとのこと。

しかも、CGアニメーターが付けたカッコいい動きに対して、岩井監督は「実写映像の動きをそっくりそのまま再現して欲しい」とリテイクを繰り返しました。そのため、スタッフから苦情が続出!3DCG側の担当者と何度も議論するはめになったそうです。

岩井監督曰く、「CGアニメーターのやりたいことも分かるんですが、上がってきたフッテージがおかしく見えたり破綻しているなら、実写をなぞった方がいいんです。なぞれば必ず綺麗に動くから。実写を凌駕するものなら、CGアニメーターのやり方にもOKを出せるんだけど、実際にはそれは難しかった。ただ、実写をなぞるだけの仕事で、自分たちのクリエイションはどうなんだ?という不満を言われたりしました」とのこと。

その他、ロトとCGの使い分けに関しても様々な試行錯誤があったらしく、当初3DCGで作る予定だったシーンが、ロトスコープに変わるというパターンも多かったとか。例えば、アリスがお父さんと別れてスローモーションで走るシーンはCGの予定だったのですが、両方の映像をテスト的に作って比較検証した結果、「手描きの方が綺麗に見える」と分かり、ロトスコープになったそうです。

このような実験や議論を日々繰り返した結果、ようやく『花とアリス殺人事件』は完成しました。それにしても、岩井俊二監督はどうしてこんなに手間のかかる方法を採用したのでしょうか?普通に考えたら、わざわざ実写映画を丸ごと1本撮って、それをガイドにアニメを作るなんて、非常に面倒くさいはずなのに。

もちろん「実写の動きをアニメで再現するにはロトスコープが一番だ」と考えたことは間違いないでしょう。ただ、根本的な理由としては「キャラクターの動きに変化を加えたかったから」なのではないか?と思いました。これは、他のアニメ監督と比べてみると分かりやすいかもしれません。

例えば、現在大ヒット中の『君の名は。』を作った新海誠監督の場合、初期の『ほしのこえ』の頃は自分で作画も担当していましたが、それ以降の作品は他のアニメーターに任せています。最新作の『君の名は。』においては、作画監督に安藤雅司という超一流アニメーターを配置し、原画マンも黄瀬和哉、沖浦啓之、松本憲生、橋本敬史など凄い人ばかりを集結させました。

これはつまり、「クオリティの高いアニメを作るには上手いアニメーターを揃えることが大事」「彼らのスキルを存分に発揮すれば、映像的な完成度は確実にアップするはずだ」との考えに基づいているからでしょう。もちろんスタッフに丸投げしているのではなく、「こんな感じにキャラクターを動かして欲しい」という監督の意図は伝えてあるし、綿密に打ち合わせもしているはずです。

しかしながら、スキルの高いアニメーターに任せるということは、監督の意図を正しく汲み取って演技プランを立てるのがアニメーターの仕事であり、実際に絵を描く彼らの技量によってキャラの動きが決まってしまう、ということでもあるのです。新海監督はそこに「きっと凄い動きを生み出してくれるに違いない!」と期待していたのでしょう。

それに対して岩井監督は、「自分が意図しない偶発的な要素を、可能な限り画面に反映させたい」と考えているのです。具体例を挙げると、『花とアリス殺人事件』のワンシーンに「アリスがゴミ袋を捨てる」という場面が出て来るんですが、ここでアリスは普通に捨てるのではなく、「背中の方から回して投げる」という妙な捨て方をしてるんですよ。

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これは脚本にも絵コンテにも描かれてなくて、演出的な意図もありません。単に監督が撮影現場で「なんか面白い動きをやらせたいな〜」と思い付き、色んなパターンを撮影した結果、こういうシーンになっただけなのです。他にも、「役者が勝手に変な芝居をする」等のアドリブ的な動作も積極的に取り入れ、アニメに反映させるのが好きなんだとか。

こういう動きは、アニメーターには描けません。いや、もちろん「ゴミ袋を背中から回して投げてくれ」と具体的に指示すれば描いてくれるでしょうけど、「どういう動きが面白いか?」に関しては監督がその都度見て判断するしかないし、ましてやアニメのキャラがアドリブをやるなんて有り得ないからです。

優秀なアニメーターであれば、監督が意図していること以上の動きを描いてきたり、あるいは絵コンテに描いてないような面白い動きを自分の判断で勝手に描いてしまうかもしれません。しかしそれは、あくまでもアニメーターが「面白い動きを入れよう」と”計算”して描いたものであって、キャラが偶然そんな動きをしてしまった、という意味ではないのです。

そういう”偶然性”をアニメに取り入れようと思ったら、「やはりロトスコープを選択するのが最適だ」と岩井監督は判断したのでしょう。アニメーションの監督がキャラに芝居させようとして、どんなに綿密にアニメーターと打ち合わせをしても、最終的にその動きはアニメーターの技量やセンスに左右されてしまう。

でも、実写映画の監督である岩井さんは、本物の役者に演技させることで徹底的に自分の望む芝居を演出し、それをアニメーションに転化しました。これは、実写の映画監督がアニメを作ったからこういう発想になったのか、それとも岩井監督独自のものなのかは分かりませんが、いずれにしても一般的なアニメの感覚とは異なる、実にユニークで効果的な方法と言えるでしょう。

というわけで『花とアリス殺人事件』は、アニメーションでありながらも、本来アニメが持ち合わせていないはずの”偶然性”が画面から滲み出てくるような、非常に実写的で不思議な感覚に満ち溢れた作品になっています。

まあ、ミステリー映画っぽいタイトルとは裏腹に、殺人事件どころか大した事件も全く起こらない普通のストーリーには意表を突かれたんですが(笑)、だからこそ二人の少女の日常描写が一層際立ち、この映画における独特の世界観を美しく、そして力強く描くことが出来たのでしょう。

ちなみに、新海誠監督も『花とアリス殺人事件』の大ファンで、何度もこの映画を観て研究したそうです。特にお気に入りが「ラーメン屋」のシーンだとか。映画の終盤で花とアリスがラーメン屋に入る場面があるんですけど、店にいる他の客たちがどうしても気になってしまうらしい。

簡単に状況を説明すると、主人公の二人がラーメンを注文するものの、終電の時間が迫っていることに気付きキャンセル。すると、派手なスカジャンを着た女性客が「良かったら、うちらが先に注文した分を回してあげようか?」などと言い出すのです。どうやらこの人がリーダー的な存在らしいのですが、いったいどういう集団なのか?

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実はこのシーン、岩井監督が間違えて「男性客の中に一人だけ女性を入れてしまった」とのこと。そうなると”彼らの関係性”を説明しなければならず、それを誤魔化すために派手な衣装を着せたそうですが、「逆に目立つ結果になってしまって…」と失敗を認めていました。それを知らない新海監督は「ただのモブシーンなのに、どうしてこんなにキャラが立ってるんだろう?」と不思議で仕方がなかったそうです(笑)。

そして、あまりにも「ラーメン屋」の印象が強かったため、とうとう自分の最新作に取り入れることを決意。なんと、『君の名は。』の主人公たちがラーメン屋に入ってラーメンを注文する場面は、このシーンのオマージュだそうです。全然気付かなかったなあ(^_^;)


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