どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて先日、NHKで『プロフェッショナル 仕事の流儀』が放送されました。
番組のサブタイトルは「ジブリと宮崎駿の2399日」で、宮崎監督の最新作『君たちはどう生きるか』の制作舞台裏に密着したドキュメンタリーです。
タイトル通り、NHKのディレクターがなんと6年半もスタジオジブリに通い続けながら撮影した驚異の超長期取材で、当然『君たちはどう生きるか』のメイキングだろうと思っていました。
ところが、その内容は「宮崎駿がどれだけ高畑勲のことを好きだったのか」「宮崎駿にとって高畑勲とはどんな存在だったのか」みたいなことを延々と映していたのです。「何だこの番組は…?」とビックリしましたよ(笑)。
高畑勲さんといえば、宮崎さんが東映動画に入社した当時からの仕事仲間であり、『太陽の王子 ホルスの大冒険』で場面設計を担当して以来、『ルパン三世』や『アルプスの少女ハイジ』や『母を訪ねて三千里』など数々の作品で一緒にアニメーションを作り続けて来たパートナーです。
やがて宮崎さんは『未来少年コナン』で監督デビューを果たしますが、それが終わると再び高畑監督の『赤毛のアン』にスタッフとして参加するなど、当時は常に高畑さんと行動を共にしていました。
しかしその頃、高畑さんは近藤喜文さんという優れたアニメーター(後に『火垂るの墓』で作画監督を務める)に主な作業を任せていて、宮崎さんは「必要なのは俺じゃないのか…」とショックを受けたらしい。
そして宮崎さんは長編初監督作品『ルパン三世 カリオストロの城』を制作するために『赤毛のアン』を途中降板し、短期間で素晴らしい傑作を作り上げたものの、残念ながら『カリ城』は全くヒットしませんでした。
「もう映画を作れないかもしれない…」と失意のどん底に沈む宮崎さん。そんな時に「うちの雑誌で漫画を描きませんか?」と声をかけたのが、当時徳間書店で「アニメージュ」を作っていた鈴木敏夫さんでした。
こうして『風の谷のナウシカ』の連載がスタートし、やがて鈴木さんの協力もあり映画化が決まったのですが、なんと宮崎さんはプロデューサーに高畑さんを指名したのです。
その時、鈴木さんは「なるほど、ずっと一緒にアニメーションを作ってきた盟友だし、宮さんが新しい作品を作る時に高畑さんと一緒にやりたいというのは当たり前だな」と考え、高畑さんにプロデューサーの仕事を依頼しました。
ところが、「僕はプロデューサーに向いてないので出来ません」と断られてしまったのですよ。何度お願いしても首を縦に振らないため、とうとう鈴木さんも諦めて「宮崎さん、他の人じゃダメなんですか?」と訊ねました。
すると宮崎さんは「ちょっと付き合ってください」と言って阿佐ヶ谷の小さな居酒屋に鈴木さんを誘い出し、ビールや日本酒をガブガブと飲みまくったそうです(ちなみに鈴木さんはほとんど酒が飲めないらしい)。
そしてベロベロに酔っ払った宮崎さんは突然「俺は15年間、高畑勲に自分の青春の全てを捧げてきた。何も返してもらってない!」と号泣し始めたのです。それを見た鈴木さんは「そこまで高畑さんに対する思いが強かったのか…」と衝撃を受けたという。
先輩であり友人でありライバルであり相談相手であり、まさに宮崎さんにとっては様々な意味においてかけがえのない唯一無二の存在だったのでしょう。
そんな高畑さんが2018年4月にこの世を去りました。
当時、宮崎さんはすでに『君たちはどう生きるか』の制作を始めていましたが、高畑さんが亡くなったショックは大きかったようで、その後2ヵ月以上も絵コンテ作業がストップしたそうです。
こんなにパクさんが重いとは思ってなかった
何度もパクさんが夢に出て来る
ケリがついたつもりでも、ついてない部分がいっぱいあるんでしょうね
「高畑勲が亡くなった」という現実をどうしても受け入れることが出来ず、机の前に座ったまま虚ろな表情を浮かべる宮崎監督。
しかし、「いつまでもこのままではいけない」「どうすればこの状態から抜け出せるのか…」と本人も悩んでいたらしい。そんなある日、ついにあることを決断しました。
なんと、高畑さんをモデルにした「大叔父」というキャラクターを映画の中に登場させたのですよ。
厳密に言うと、大叔父というキャラクター自体はもともと登場させる予定だったのですが、当初は主人公の眞人に「これからどうやって生きていくか、その道筋を大叔父が示してくれる」という物語になる予定でした。
ところが、高畑さんが亡くなったことで内容は大きく変更され、大叔父の出番が減った代わりに眞人や他のキャラクターの活躍シーンが増えたのです。
では、本作における大叔父の役割とは何なのか?
大叔父は主人公の眞人が迷い込んだ”不思議な世界”の創造主ですが、年老いてしまったため「自分の子孫である眞人に後を継がせたい」と考えていました。
そして眞人に対し、次のように語りかけます。
私の世界、私の力は全てこの石がもたらしてくれたものだ。
眞人、私の仕事を継いでくれぬか。
この世界が美しい世界になるか、醜い世界になるかは全て君にかかるんだ。
しかし眞人は「自分には出来ません」「元の世界へ戻ります」と言って拒否するんですね。
眞人は宮崎さん自身を投影したキャラクターですから、要するにこれは「高畑さんがいる世界(黄泉の国?)へ会いに行った宮崎さんが”私の想いを継いでくれ”という誘惑(呪縛?)を断ち切り、再び現世に戻って来る」という話だったのですよ。
こうして、宮崎さんは絵コンテでパクさんを葬り、映画の中で高畑さんと完全に決別したわけです。
……というのが先日放送されたドキュメンタリーの内容なんですが、正直「ディレクターの個人的な解釈がだいぶ強めに反映されてるなぁ」と感じましたね(編集の仕方もエヴァっぽいし、かなり脚色が入ってるような…)。
まぁ確かに映画を作る際に実在の人物をモデルにすることはあり得るだろうし、「青サギのモデルは鈴木敏夫さん」「キリコのモデルは保田道世さん」などという話も事実なのかもしれません。
ただ、それをそのまま劇中のキャラに当てはめても正しい解釈が成り立つわけではないと思うし、そもそも『君たちはどう生きるか』ってそういう映画じゃないでしょう。
恐らく、ディレクターだけでなく鈴木敏夫さんも「高畑勲に片思いしている宮崎駿」みたいなシチュエーションが大好きで(笑)、だからこそこういう番組が堂々と(ジブリ公認みたいな体裁で)全国放送されたんでしょうね(個人的には面白かったけどw)。
なお、この番組を観て「ウソだ!」「こんなのはドキュメンタリーじゃないッ!」って本気で批判してる人もいるみたいですが、いやドキュメンタリーってこういうもんでしょ(笑)。
そもそもカメラマンが何かを撮ろうとする時、必ず撮りたいものや興味のある対象物にカメラを向けるわけだから、その時点ですでにカメラマンの意図や嗜好が入り込むことは避けられません。
さらに撮った素材を編集する過程で「残すカット」と「捨てるカット」を選別しているということは、その段階でもディレクターの作為が入ってるわけですよ。だとしたら完成した映像作品は必ず作り手の「こういう風に見せたい」という構成になってるはずじゃないですか?
なので、今回のドキュメンタリーを見て「『君たちはどう生きるか』には宮崎監督の高畑さんに対する熱い思いが込められていたのか!」と全面的に信じちゃうのはあまり良くないし、かと言って「こんなのはデタラメだ!」と真面目に否定するのも違うかなと。
「なるほど、この番組のディレクターは宮崎さんと高畑さんをこういう風に見てるのか」みたいな感じで、ある程度の距離感を保ちつつ冷静に鑑賞するのがベストだと思います(庵野さんも「ドキュメンタリーって真実を全部映すんじゃなくて、必要なところだけ切り取るからね」「その時点でドキュメンタリーという名のフィクションだから」と言ってるしw)。
ちなみに、番組の最後で宮崎監督が『風の谷のナウシカ』の絵を描いている映像が映ったんですが、あれは一体…?もしかして「宮崎駿の次回作はナウシカの続編!?」みたいなことを匂わせたいのかなぁ…(^^;)