どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて先日より、押井守監督の『機動警察パトレイバー2 the Movie』に関する記事をずっと書き続けてきましたが、いよいよ今日で最終回です(長くなってしまってすいませんw)。前回の記事を読んでない方はこちらをどうぞ↓
前回は、「ついに柘植のグループが行動を開始し、東京が大混乱に陥る」という辺りまで書いたので、本日はその後の出来事について解説してみますよ(なお、言うまでもなくネタバレしているため未見の方はご注意ください)。
●鳥を引き連れて飛ぶ飛行船
東京上空をゆっくりと浮遊している黄色い飛行船は、強力な妨害電波を発信している影響で周囲に大量のカラスが集まってるんですが、これは作画監督の黄瀬和哉さんが「カラスはお前が責任をもって全部描け」と押井監督に言われたため、わざわざ築地市場まで行ってカラスを撮影し、1羽1羽自分で描いたそうです。
押井監督によると「人がいない時に撮らなきゃいけないので、黄瀬は正月にカメラを担いで築地まで行った」「鳥の羽ばたきなんて、誰でも分かっているようで実は分かってないんだよ。それを知るには、外に出て直接カラスを見るのが一番。ビデオを観るより、実際に自分の目で見る方がいい」とのこと。
本作には、カラス以外にもユリカモメやハトなど結構な数の鳥が登場しているので、アニメーターは大変だったでしょうねぇ。
ちなみに、「熱烈な押井守ファン」を公言している本広克行監督の映画『交渉人 真下正義』にも「無数の鳥を従えたまま走る車」が出て来ます(しかも、ストーリーやキャラクターにも『パトレイバー』を思わせる部分が異様に多い)。
なにしろ『交渉人 真下正義』は、本広監督本人が(『踊る大捜査線』と同じく)「『パトレイバー』の影響を大いに受けた」と認めてますからね。なので、至る所に『パト1』や『パト2』に似たシーンが登場しまくり!
たとえば、列車の運行状況を映し出す大型ディスプレイに謎の車両が現れ、指令室のスタッフがパニックになる場面は『パト2』の”幻の爆撃”のシーンにそっくりです(なんとスタッフに『パト2』のビデオを見せて「こういうシーンにしたいんだよ!」とわざわざ指示したらしいw)。
なお、『交渉人 真下正義』と『パトレイバー』の類似点は以下の記事にまとめてありますので、興味がある方はご覧くださいませ。
●官能的な表現
警視庁から逃げて来た後藤さんと南雲さんは、元特車2課の整備班長:榊清太郎の家に身を隠していました(ちなみに名前の元ネタは、キャラクターデザインを担当した高田明美さんの祖父の名前が”清太郎”だったから)。
そしてこの場面では、南雲さんが窓際に正座してぼんやりと外を眺め、庭の犬がクンクン鳴いてるんですけど、押井守監督によると「これがやりたかった」とのこと(以下、監督のコメントより)。
実は『パトレイバー2』だって官能性は追求してるんです。しのぶさんっていうのは僕がすごく好きなキャラなんだけど、しのぶと柘植の間にそういう官能性が成立するかとか、後藤との間に成立するかとか。
『パト2』を観て自分でも改めて上手く出来てるなと感じたのが、榊の家にしのぶが廊下に座ってて、窓ガラスの向こうで犬がクンクン鳴いてるっていう場面。あそこがやりたかったの。あれはかなり自分でも上手く出来ていると思った。
だから、そういうところが僕が考えるエロティシズムっていうか官能性でね。それは必要なんですよ。映画ってどんな難しい内容でも、政治劇みたいなものでも、官能性を失うと拠り所を失うって感じがする。つまり肉体みたいなものなんだよ。官能性は映画の肉体。
(「アニメージュ・スペシャル GaZO」Vol.2より)
正直、個人的には押井監督が考える”官能性”がどういうものなのかイマイチ良く分からないんですけど(笑)、押井さんの中では「非常に気に入っているシーンの一つ」だそうです。
●お腹に赤ちゃんが…!
「どうしてあなたが行かなきゃならないの!?」と泣き叫ぶ奥さん(多美子)に「ごめんね。でも行かなきゃ、仕事より大事なものを失う」とカッコよく答える進士幹泰。しかし、次の一言で思い切り動揺します。
「二人目がいるの…」
なんと多美子さんのお腹に二人目の赤ちゃんが!衝撃の告白に進士は行くべきかとどまるべきか激しく葛藤するものの、迎えに来たシゲさんたちにあっさり拉致されてしまいました(可哀そうw)。
ただし、押井監督が執筆した『パト2』の小説版『TOKYO WAR』によると、実はこのとき多美子さんは妊娠していなかったそうです(夫を引き止めるためのウソだったらしい)。
●野明の覚悟
野明と遊馬が後藤隊長の招集に応じて特車2課へ向かう途中、「ここから引き返してもいいんだぞ」と問いかける遊馬。それに対して「私、いつまでもレイバーが好きなだけの女の子でいたくない。レイバーが好きな自分に甘えていたくないの」と答える野明。
押井監督によると「あの場面で選択の岐路に立っているのは遊馬の方で、野明は最初から躊躇していない」とのことですが、では一体、野明はいつどのタイミングで覚悟を決めたのでしょうか?
実は、『パトレイバー2』の本編には野明の心の変化を細かく描いたシーンがありません。押井監督は絵コンテまで描いたにもかかわらず、「尺の都合で全部切っちゃったんだよ」とのこと。
どうやら、最初の脚本には旧第2小隊のメンバー(野明・遊馬・太田・進士・山崎など)が都内の大衆割烹料理屋に集まり、「同窓会を行う」というシーンがあったようです(時系列的には”幻の爆撃”の後ぐらい)。
そこで、本庁の総務課へ移動になった進士から「警備部は柘植の事件を利用して各県警のレイバー隊の普及を推し進め、それを軸に地方警察の警備部への中央集権を図るつもりなんです」と聞かされて遊馬たちは愕然。
そして野明も、「自分の仕事や警察組織が世の中とどんな風に繋がっているのかなんて、考えたこともなかった」と憤り、これが切っ掛けとなって最終決戦への参加を決意する…という流れだったようです(脚本家の伊藤和典さんも「せっかく同窓会のシーンで伏線を張っていたのにカットされた」と証言)。
つまり野明は、単に「柘植を逮捕するため」という理由だけで現場へ行ったのではなく、「今までは何も考えずに目の前の任務をガムシャラにこなしていれば良かったけど、それだけじゃダメなんだ」と気付き、その結果「いつまでもレイバーが好きなだけの女の子でいたくない」というセリフに繋がっていくわけです。
『パト2』の本編ではこの心境に至るまでのシーンがカットされているため、野明のセリフがちょっと唐突に聞こえますが、こういう経緯を知った上で観直すとまた違った印象になるかもしれません(なお、カットされたシーンは小説版『TOKYO WAR』にて詳しく描かれています)。
●リアルなテロ描写
「状況、ガス!」
3隻の黄色い飛行船は、強力な電波によって通信機能を妨害すると同時に、攻撃を受けると自動的に降下し、機体に積まれたガスが噴出される仕組みになっていました(後藤曰く「10万人単位で人質をとるのと一石二鳥」)。
「都市部で効果的にテロを実行する手法としてガスを使う」という描写は、『パトレイバー2』が公開されてから約2年後に地下鉄サリン事件(1995年)が起きた際にも話題となり、作家の大森望さんも「政情不安を呼び起こすための最も効果的な方法を突き詰めてリアルに考えたら、現実がそれを模倣したということでしょうか」とコメントしています。
また、押井監督は「都市機能を麻痺させるポリティカル・フィクション」を現実的に描くために建築の専門家にも会いに行き、「どうやったら確実に東京を破壊できるかっていう話もずいぶん教えてもらった」とのこと(怖いw)。ただ、ミサイルでビルなどを吹っ飛ばす願望も捨てがたいらしく、以下のように語っていました。
『ゴジラ』や『AKIRA』みたいに派手に都市を破壊するのは分かりやすいんだけど、機能停止とか機能不全にさせる、真綿で首を締めるものの方が、ビジュアル化しづらいけど、やり甲斐があるんです。
僕も破壊願望は当然ある。街を歩いていて、橋だろうがビルだろうが見るたびに、どの角度でミサイルを撃ち込めば一番絵になるだろうか?とか、ごく自然に考えるからね。その破壊願望を絵にするのも一種の快感ではある。
それは『パト2』で、ある程度は堪能した。橋を落とすのにミサイル一発ではつまんねーだろって空対地ロケットを使ったり。ただ、それもやはり宣伝効果としてミサイルをベイブリッジに撃ち込むようなことだし、そんなことも含めて『パト2』では都市のスケールとか、抗堪力とかインフラをずいぶん学んだ。『ゴジラ』方式は僕からすると映画的に魅力的じゃないんですよ。
(「映画秘宝」2020年9月号より)
どうやら押井監督としては、『ゴジラ』のような派手な都市破壊よりも、都市機能を麻痺させる様子をリアルにシミュレーションした描写の方に魅力を感じるみたいですね。
ちなみに、自衛隊員がガスから逃れるために紀伊國屋書店の窓ガラスをぶち破るシーンは、スタッフが撮ってきた資料を元に作画してるんですが、通行人の多い昼間は取材しにくいので人が少ない深夜に撮影していたら、警察に不審尋問されたそうです(笑)。
●飛行船に富野監督が!
妨害電波を出したりガスを撒いたり、テロに際して絶大な威力を発揮する飛行船ですが、よりリアルな描写を追求するために押井守監督は「飛行船の乗船ロケ」を希望していました。
ところが、当時は航空法上「飛行船の乗船目的のみの利用」は認められておらず、かといって宣伝(船腹の広告)のためにチャーターすると、最低でも1週間単位で数千万円の費用がかかってしまうらしい。
そこで、アニメージュ編集部が「雑誌の取材」と称してロケの手配をしたそうです(取材であれば「飛行船自体のPRになるため試乗が許可される」とのこと)。
ちなみに、ロケ当日は押井守監督の他に演出家や美術監督、作画監督など『パト2』のスタッフが乗船したんですが、なんとその中に『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督が!実は、後日に行われる対談を意識してアニメージュ側がセッティングしてたんですけど、まさか押井監督と富野監督が揃って遊覧飛行を楽しんでいたとは(笑)。
●幻の新橋駅
「こんな所が東京の地下にあるとはな」という荒川に、「湾岸開発華やかなりし頃の夢の跡さ。昭和18年に閉鎖されて以来、半世紀以上眠っていた地下鉄銀座線の幻の新橋駅と、湾岸の工区とを結ぶ新旧の結節点。結局、使われなかったがね」と語る後藤さん。
このセリフの通り、幻の新橋駅は実在します(現在でもホーム自体は残っており、不定期に開催されるイベントなどで見学が可能)。では、なぜ”幻”になってしまったのか?
銀座線はもともと2つの別の地下鉄だった。昭和9年、東京地下鉄道という会社が浅草から新橋に地下鉄を建設し、昭和13年に東京高速鉄道が渋谷から新橋に地下鉄を敷いた。2つの地下鉄にはそれぞれの新橋駅があった。
半年後、2つの地下鉄のレールがつながれ、浅草から渋谷間の直通運転がスタートした。当然のことながら2つも新橋駅はいらない。東京高速鉄道の駅はわずか半年で閉鎖された。
(「文藝別冊 押井守」より)
また、押井監督とスタッフは実際に「幻の新橋駅」を見に行って、その様子を映画に反映させたそうです。以下、美術監督の小倉宏昌さんの証言より。
実際はあんなふうにトンネルと繋がってるわけじゃなくて、普通の廃駅ですけどね。まあ引き込み線の列車止めのところまで行って、線路の作りなんかを見ることができたので、これは参考になりました。あの埋め立て地に抜けるトンネル内部は、こちら側で作ったものです。
(「THIS IS ANIMATION 機動警察パトレイバー2 the Movie」より)
なお、後藤さんと荒川が会話している広い場所はセリフにもある通り「幻の新橋駅と、湾岸の工区とを結ぶ新旧の結節点」であり、これは『パト2』の中だけに存在するフィクションですが、モデルになった場所は実在するそうです。
●ラストバトルの元ネタは…
柘植を逮捕すべく、東京湾埋め立て工事用地下搬入路に集結する野明たち。そしてついに、行く手をふさぐ戦術戦闘ロボット:イクストルと旧特車2課第2小隊との激しいバトルが始まった!まぁ野明や遊馬たちの活躍場面はここしかないんですけどね(笑)。
ちなみに、このシーンを演出する際に参考にした映画が、ジョン・ギラーミン監督の『レマゲン鉄橋』だそうです(押井監督は『レマゲン鉄橋』の鉄橋攻略戦で、ドイツ軍のMG42にバタバタと撃ち倒されるアメリカ兵の姿を見て狂喜乱舞したという)。
『レマゲン鉄橋』のストーリーは「レマゲン鉄橋を取れ」というだけのシンプルなもの。ドイツ軍は破壊しようとしていて、連合軍は占拠しようとしている。その攻防戦。男子が大好きなのはガジェットがたくさん出て来るから。対岸に88ミリの高射砲がズラッと並んでいて、僕はこれが大好きでプラモデルも作ってた。
その他にもドイツの対空戦車メーベルワーゲン、もちろんシブいジープとかも。ナチの将校に扮したロバート・ヴォーンが腰にぶち込んでいるワルサーP38。MG42も出て来た。しかも米軍の小隊の軍曹が持っているのがシュマイザー(MP40)。おそらく、戦場でドイツ軍のをいただいて愛好者になったという設定なんでしょうね。
ちなみに、庵野秀明も『新世紀エヴァンゲリオン』の第1話で戦車を国道にズラリと並べていた。おそらく『レマゲン鉄橋』を観ているんだと思う。そうやって真似したくなるぐらいカッコいいわけですよ。
(「シネマの神は細部に宿る」より)
●赤くなる画面の意味
野明たちがイクストルと戦うシーンでは急に画面が赤くなりますが、これは周辺に赤い光を出すライトみたいなものがあったわけではなく、「演出的な効果」として赤くしているそうです。
美術監督の小倉宏昌さんによると「普通なら(トンネルの中だから)暗いグレーの画面になるはずだが、押井さんは”赤にしたい”と指示してきた。どうしてもキャラのいる場所に光を当てたいと。だから映画的に考えて赤い照明を作った」とのこと。
さらに、これに関して押井監督は「ピンク映画から着想を得た」と説明しています(以下、監督のコメントより)。
僕が『パトレイバー2』で使用したパートカラーというテクニックは、元々ピンク映画が始めたものだ。「濡れ場」のシーンになると急に画面が鮮やかに色づき、観客の注意を促す。しかも、すぐに「濡れ場」には突入せず、その前に「真っ青な布団のアップ」や「鮮やかな陶器の花瓶」などが大写しにされる。これで眠りこけそうになっていた観客は「お、始まる」と意識を引き戻されるわけだ(笑)。
(「月刊サイゾー」2003年1月号より)
つまり、『パト2』のあの赤い画面は”濡れ場”の暗喩であり、「これから激しいアクションが始まるぞ」という合図だったんですね(笑)。
●18号埋め立て地
イクストルを撃破し、ついに柘植の佇む18号埋め立て地へたどり着いた南雲しのぶ。モデルとなった場所は「中央防波堤外側埋立処分場」で、ここも押井監督がロケに行っています。
ただし当初は、危険な場所であるため東京都清掃局から許可が下りなかったらしい。そこでアニメージュ編集部が「東京のゴミ処理問題を雑誌で取り上げたい」と申請したら取材許可が下りたそうです(つまり「映画のロケハン」ではなく「取材のための見学」という扱いだった)。
ちなみに、現場には20万羽ものユリカモメが飛来しており、凄まじい臭いが漂っていたとか(押井監督曰く「あの腐臭は一生忘れない」とのこと)。つまり、柘植と南雲さんは強烈な臭いに耐えながらあそこで会話してたんですねぇ(笑)。
●榊原良子さんの葛藤
「あなたを逮捕します」
このセリフに、南雲役を演じた榊原良子さんはもの凄く悩んだそうです。曰く、「アフレコの前日まで、眠れないぐらいに悩んでいた」「哲学を論じているみたいで”どうしたらいいんだろう?”と」「台所の床に尻もちをついて、前にある食器棚のガラス戸を見ながら、タバコをふかして一生懸命考えた」とのこと(カッコいい悩み方だなぁw)。
さらにアフレコの当日も、「このセリフは毅然とした感じで喋って欲しい」という押井監督の指示に対して、榊原さんは「そういう風に演じるには、セリフの”間”が足りません」などと訴え、かなり長時間に渡って意見をやり取りしたようです(詳しくは以下の記事をご覧ください)。
なお、榊原さんは押井監督と何度も話し合いを重ね、どうにかアフレコは完了したものの、自分の演技には納得していなかったらしく、数年後にサウンドリニューアル版の収録で録音し直した際、しのぶの話し方や雰囲気などを変えて演じたそうです。
●南雲の手の動き
柘植に手錠をかけた後、南雲さんは柘植の手に自分の手を絡めるような動きをするんですが、この”手の演技”に押井監督は相当こだわっていたらしい。
最後の手の動きは、僕がはっきり細かなところまで指定したんです。結構細かいことを言って、2回か3回ぐらいリテイクした。あれは作画監督の黄瀬くんがネッチリ描いたんですよ。いったん指が離れかけて、指自体が持っている丸まろうとする力があるから、その反動みたいなものも描いたり。あれは南雲しのぶがの方が離れようとしたのを、柘植がいったん捕まえる。で、あらためて握り直すという演技なんです。
(「月刊アニメージュ」1994年1月号より)
ただ、榊原良子さんはこのシーンに対して「南雲さんは指を決して絡ませない」「指を動かすことができないのが南雲しのぶだと思う」などと否定的な意見を述べていました(どうも、南雲のキャラクターに関しては押井監督と榊原さんとの間で”解釈の違い”が大きかったようですねぇ…)。
●物語を凝縮したカット
柘植の手に手錠をかけ、もう片方を自分の左手にかけるしのぶさん。これはもちろんエンゲージリングの暗喩なわけですが、脚本家の伊藤和典さんによると「南雲自身も共犯者なんだということを表している」とのこと。
そして、埋め立て地に立つ二人の上にヘリコプターが…
押井監督は『パト2』について「戦争をテーマにしたポリティカル・フィクションだが、同時に恋愛映画でもある」「メロドラマの結末として、どういう表現がいいかなと思った時にこうなった」と述べており、そういう意味では、まさに本作のクライマックスと呼んでも差し支えないかもしれません。
地上を埋め尽くす鳥の群れ、向き合って立つ柘植としのぶ、その頭上に降下してくる後藤を乗せたヘリ。『パトレイバー2』という物語を凝縮して構図に収めたカットですが、レイアウト的にも水平方向の広がりを鳥の配置で表し、上に広がった広大な空間をヘリがよく引き締めています。
(「Methods パトレイバー2演出ノート」より)
●フラれた後藤
「結局、俺には連中だけか…」
後藤さんは出撃前の南雲さんに「俺、待ってるからさ」と声をかけたものの、最終的に彼女が選んだのは柘植でした。このシーンでは、そんな後藤さんの寂しそうに笑う表情が印象的ですが、押井監督は「特にどこがというわけでもないけれど、個人的にとても気に入っている」とのこと。
でも後藤さん、切ないですよねぇ…。
●ヘリに乗っている南雲の表情
逮捕した柘植と一緒にヘリに乗り込む南雲さん。その表情はどこか虚ろで、視線もはっきりと定まっていません。「南雲さんはどういう心境なんだろう?」と気になりますが、このシーンを描く際、押井監督は以下のように考えていたそうです。
せっかくメロドラマをやる以上は、柘植という男としのぶという女が惹かれ合ったことの内実は何なのかということを表現してみたいなと思った。惚れたんですということだけで逃げるんじゃなくてね。
しのぶにとって柘植はどういう人だったのか?柘植にとってしのぶはどういう存在だったのか?そういうことを描かないと映画にならないと思った。でも惚れることの内実がわかればわかるほど、観客はのめり込んでいけないですね。でも所詮、そういうことしか僕はやれないと思ったから、それでいこうと思ったんです。
ヘリコプターに並んで座った時に、しのぶさんは苦渋に満ちた顔をしてないですよね。疲れた顔はしてるけど、非常に満足した顔に見えて欲しいと思って描かせたんです。結構、細かく指示を出して、「犯罪者の情婦のように描け」と言ったんです。そういう風なことなんですよ。はっきり言っちゃつまらないから、これ以上は言わないけど。
(「月刊アニメージュ」1994年1月号より)
犯罪者の情婦!?押井監督は南雲さんをそんな風に見てたのか…。そりゃ榊原さんと意見が合わないはずだわ(笑)。ちなみに榊原さんはこのシーンも気に入らなかったらしく、「南雲さんなら背筋を伸ばし、まっすぐ前を見て毅然とした表情で座っているはず」とコメントしていました(笑)。
●ラストシーン
松井刑事の「これだけの事件を起こしながら、なぜ自決しなかった?」という問いに対し、「もう少し見ていたかったのかもしれんな」「この街の未来を…」と答える柘植。『パトレイバー2』の物語は、そんな柘植の顔で幕を閉じます。
映画が結局は人の顔であり、人の顔で終わる映画があるとするなら、その顔はやはり正面から描かれるべきです。柘植が最後に眼鏡を外す理由は色々と想像して欲しいのですが、実際的な演出の問題としては、アニメのキャラクターにとって個性と表情に最も関わりのある目つきが変化し、同一人物としての連続性を保ちながら別人物であるかのような表現が可能であり、またそういった方法なしではアニメの表情の演技には一定の限界がある、という点が挙げられます。
(「Methods パトレイバー2演出ノート」より)
映画の公開当時は「あの最後のセリフはどういう意味なんだ?」とか「柘植の動機がよく分からない」など色々と議論もあったようですが、宮崎駿監督は「これはもう、押井さんの内面世界に自分たちが引きずり込まれるということだから、ああでもない、こうでもないと議論してもしょうがない」「この時間を押井ワールドとして楽しむしかない。だから僕も楽しんだ」とコメントしていました。
確かに、よくよく考えると気になるシーンもあったりするんですけど、まぁそれはそれとして、少なくとも映画を観ている間は巧みな語り口に引き込まれ、フィクションの世界を十二分に堪能させてくれるわけですから「お見事!」と言うしかありません。
というわけで、『機動警察パトレイバー2 the Movie』に関する僕の解説は以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました!また機会があれば他の映画についても記事を書いてみたいと思いますので、その時はよろしくお願いします。
●過去の記事はこちらからどうぞ↓