どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて、本日シネフィルWOWOWにて押井守監督の長編アニメーション『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』が放送されます。
本作は、TVアニメシリーズで腕を振るった押井守監督が自らオリジナル・ストーリーを手掛け、高橋留美子原作の人気キャラが大勢活躍する劇場版の第2作目として1984年に公開されました。
結果、『ビューティフル・ドリーマー』は全国でヒットし、さらにファンの評判も上々で、押井守監督の代表作の一つとしていまだに高く評価されています(ただし高橋留美子先生の反応はやや厳しかったようですがw)。
というわけで本日は、そんな『ビューティフル・ドリーマー』がどうやって生まれたのか?その裏側について詳しく書いてみたいと思います(※ストーリーのネタバレに触れている部分もあるので、未見の人はご注意ください)。
●『オンリー・ユー』の失敗
まず、『ビューティフル・ドリーマー』の前に『オンリー・ユー』という映画がありまして。1983年に公開された『うる星やつらオンリー・ユー』は、押井守監督の長編デビュー作なんですけど、元々は別の監督が作っていた映画でした。ところが制作途中で降板したため、急きょ押井さんに話が回ってきたのです。
当時の押井監督は『うる星やつら』のTVシリーズを担当していて忙しかったにもかかわらず、「頼むからやってくれ!」と会社側から懇願されて仕方なく引き受けることになった模様。しかし、その時点でまだ脚本が完成しておらず、しかも公開日までわずか5ヶ月という非常に厳しい状況でした。
当然ながら、完成までひたすら過酷な作業を強いられ、最後の5日間はほぼ徹夜状態で家にも帰れず、おまけに人手も全然足りなかったため、なんと押井監督自らセルの色を塗るはめになったそうです(普通はあり得ませんw)。
『オンリー・ユー』の時が一番ひどくて、辞めたスタッフを電報で呼び戻したりしてた。使える人間は制作の奥さんでも何でも呼び出して。最後はスタジオの前を通りかかった通行人まで連れ込んで手伝ってもらったからね(笑)。僕も色を塗ってたんだけど、「肌色をくれ」と言ったら「肌色じゃわかんねえだろ!」と怒られた。色には全部ナンバーがついてるから、番号で指定しないと通じないんだよね。とにかく現場はムチャクチャだったよ。 (『うる星やつら2』のオーディオ・コメンタリーより)
こうして、どうにかこうにか映画は完成し、ギリギリで公開日に間に合ったのですが、劇場で『オンリー・ユー』を観た押井監督は大変なショックを受けたらしい。「これは”映画”じゃない」「テレビ番組をでかいスクリーンに映しているだけだ」と。観客や原作者の評判は良かったにもかかわらず、押井監督の目には”失敗作”と映ってしまったのです。
●絶対に勝手な映画を作ってやる!
一般の観客には好意的に受け入れられた『オンリー・ユー』ですが、押井監督自身は納得していませんでした。そして同じく、アニメーション監督や実写の監督など”同業者”からも厳しい意見がチラホラと…。
たとえば宮崎駿監督は「宇宙船の窓から外を見ているシーンがあったけど、あの宇宙船には窓がないじゃないか」と鋭く突っ込み、押井監督が「いや、制作期間が4ヶ月しかなくて設定の不備を直せなくて…」などと釈明するなど、色んな人から批判されたそうです。
また、『オンリー・ユー』は相米慎二監督の『ションベン・ライダー』と同時上映だったんですが、『マルサの女』などで知られる伊丹十三監督が「『ションベン・ライダー』は神々しいまでに素晴らしい映画だが、『オンリー・ユー』は甘い甘いお菓子みたいな映画だ」と感想を述べたため、それを聞いた押井監督は烈火のごとく激怒したという。
本当に頭にきて逆上しちゃって。僕が「映画はこういうふうに撮らなきゃいけないんだ」と思って、色んなキャラクターに気配りして、あえて甘い甘いラブロマンスを撮ったのに、併映の『ションベン・ライダー』は全くわからない、ものすごく勝手な映画なわけ。だけど妙に良かったんです、悔しいことに。すごく面白かったんですよ。片方はあんなにやりたい放題の映画を作ってて許されて、こっちは上から色んなことを言われて、すごいプレッシャーの中でファンのために甘い話を作って、それなのにコテンパンに言われてね。伊丹十三の話を聞く前からもう散々言われてて。それで完全に映画観が変わっちゃったの。勝手なことをやったやつの勝ちなんだってね。そう思い込んじゃって、「次は絶対に勝手な映画を作ろう」と思ったわけ。 (キネ旬ムック「押井守全仕事」より)
こうして押井監督は、「次回作では誰がなんと言おうと自分のやりたいようにやってやる!」と心に誓ったのです。
●『ビューティフル・ドリーマー』の原型?
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は「虚構と現実」が入り混じる不思議なストーリーが特徴ですが、実は”元ネタ”と思われるエピソードが存在します。それがTVシリーズ第101話「みじめ!愛とさすらいの母!?」です。
諸星あたるの母親をメインに描かれたこのエピソードには、主人公のあたるやラムがほとんど出て来ません。その代わり、メガネやサクラや温泉マークの長台詞、夢なのか現実なのか分からない奇妙な世界、思わせぶりに登場する謎の少女など、後に『ビューティフル・ドリーマー』へと発展する要素が至る所に散りばめられていました。
これ以降、押井監督は「虚構と現実(胡蝶の夢)」をテーマにした作品を何度も繰り返し手掛けるようになり、監督自身もハッキリと「あれ(第101話)は僕にとってエポックだった」と認めていることから、まさに押井守の作家性が発芽した瞬間と言っても過言ではないでしょう。
しかし、テレビを観た視聴者からは「意味がわからない」「ラムちゃんを出せ!」などの苦情が殺到。押井監督も社長室に呼び出され、「お前いいかげんにしろ!」「二度とやるな!」とメチャクチャに怒られたそうです。
でも押井さんは「すいません」と謝りながら心の中で「これはイケるぞ!」と喜んでいたらしい。「上手く作れば、今までにない全く新しいアニメが出来るかもしれない。もしかすると、このエピソードを使って自分の思い通りの映画が作れるんじゃないか?」と。”フラグ”が立った瞬間ですね(笑)。
●『ビューティフル・ドリーマー』制作決定!
『オンリー・ユー』の大ヒットを受けて、スタジオでは2作目の劇場版の企画が立ち上がりました。当然、押井守監督にもオファーが来たのですが、当初は高橋留美子さんが書いた原案があって、それを元にストーリーを考える…という話だったそうです。
しかし押井監督が難色を示し、色んな脚本家が入れ代わり立ち代わりシナリオを検討するもののなかなか決まらず、時間だけが過ぎていきました。そしてとうとう我慢の限界に達したプロデューサーが「もう全部任せる!なんでもいいからとにかく間に合わせてくれ!」とギブアップ宣言。
すると「その言葉を待っていた!」と言わんばかりに「脚本を書いてる時間がないから、いきなりコンテに入るけどいいですか?」と即座にコンテを描き始める押井監督。プロデューサーにしてみれば、いいも悪いも公開日に間に合わなければ大変ですから了承するしかありません。まさに計画通り(笑)。
こうして脚本チェックも何もないまま『ビューティフル・ドリーマー』の制作がスタートしたんですけど、「どんな映画になるか分からない」という状況はスタジオ側にとって不安だったでしょうねえ(後にプロデューサーは「完成した絵コンテを見た瞬間、それを抱えたまま会社を辞めて、どこか遠くへ逃げようかと思った」と告白していますw)。
ちなみに『ビューティフル・ドリーマー』を作っている時、押井監督はどんなことを考えていたのでしょうか?以下、押井監督のインタビューより。
自分が本当に描いてみたかった世界とか記憶とかキャラクターとか、そういうものだけで作ってやろうと思った。それが、ある意味『うる星やつら』というものを逸脱したとしてもね。『うる星やつら』の数ある作品の一つであるよりは、まず”映画”であるべきだと。
そのためには何をすればいいのか?そういう順番で物事を考えていった。そうすること以外に、たぶん自分は映画を作ることは出来ないと思ったから。その時にひらめいたのが、あたるのお母さんの話だった(第101話「みじめ!愛とさすらいの母」)。あれで映画が出来るんじゃないか?と思って。
だから、作業としては楽しくて仕方なかった。やりたいことだけやったから(笑)。自分の願望そのものを描いたわけだから。僕にとって映画とは、妄想を形にすることなんです。妄想とは、自分にとっては現実と同じか、それ以上に信じられるものなんですよ。僕にとって映画とはそういうものなんだ、ということをはっきりと自覚したから。
妄想っていうのは高校生の頃からずっと思い続けていた世界、人のいない街とか、夜の電車の不思議な雰囲気とかね。そういったものを全部総動員して、僕が妄想し続けていたシチュエーションを全部入れてみた。あとは、どこに映画としての落としどころを持って行くかという。それだけ考えればよかった。 (「アニメギガ・スペシャル とことん押井守」より)
こうして押井監督が「自分のやりたいことを全てぶち込んだ」という映画『ビューティフル・ドリーマー』が着々と作られていきました。
なお、当時の押井監督はTV版『うる星やつら』の演出も並行してやっていたので、朝から夜の8時ぐらいまでは劇場版の絵コンテを描き、夕方になるとスタッフが持ってきたTVシリーズの原画を全部チェックする…という状況だったそうです。
ところが、途中からオリジナル・ビデオアニメ『ダロス』の仕事が入ってきたせいで、昼から夕方にかけてはTV版、夕方から夜の10時ぐらいまでは『ダロス』、そして深夜から明け方まで『ビューティフル・ドリーマー』をやるという、超過密スケジュールになってしまいました。
当時まだ33歳で体力的にも自信があった押井さんは、昼夜を問わずひたすら働き続けましたが、最近のインタビューで「あんなに真面目に仕事をしたのは、あの時が最初で最後だった」と振り返っています。
●この作画がすごい!
『ビューティフル・ドリーマー』は作画的な見どころも満載で、多くのアニメファンを歓喜させました。もともとTV版の『うる星やつら』が”アニメーターの暴走”と言われるぐらいバリバリに動きまくる作画だったのですが、劇場版ではさらに精鋭のアニメーターたちが腕を振るっているのだから凄すぎる!
「深夜の友引高校」のシーンを担当した山下将仁さんも80年代を代表するスーパーアニメーターの一人で、金田伊功さんの作画スタイルを受け継いだ「変なポーズでジャンプするキャラクター」や「独特のパース」など、斬新なアニメ表現を次々と炸裂させています。
なお、前作の『オンリー・ユー』の時から押井監督の映画に参加していた山下さんは、当時の様子を以下のように語っています。
『オンリー・ユー』は、押井さんからメカ作監をやってくれと言われて、「え?何で僕なの?」って感じだった。当時まだ19歳だったからね。でもカットによってはメカだけじゃなくてキャラクターまで直しちゃってた。メカに付属しているキャラだからメカに合わせようと、キャラの演技まで変えたりして。まあ作監が直してくれるだろうと思ってたら、そのままスルーされて僕のクセのあるキャラのままフィルムになってた(笑)。
それでも押井さん、何も言わないんだよね(笑)。当時は「いかに自分の表現したいものを画面上で見せられるか」ってことしか興味がなかった。完全に自分の世界。ただ、それを押井さんが容認してくれてたんだよね。そういう僕の気質を面白がってくれてたんじゃないかな、押井さんは。歳が離れていた分、「面白い小僧だな」って感じで見てくれてたのかも。
『ビューティフル・ドリーマー』は正直、意外と緊張して作画に入った記憶があります。劇場用なのに得意なメカもあまり出ないし、破天荒なギャグも出来そうになかったし…。でも押井さんは気合いが入ってたよ。作画打合せの時は参加する原画マンを全員集めて、午前中から1日がかりでやってたから。
それぐらい押井さんの意気込みがすごかった。「僕はこの作品に賭けています!」という熱意は伝わったよ。でも打合せが終わった時はみんなヘトヘトでさ(笑)。僕のシーンの打合せが始まるまでにすごく時間がかかってるのに、僕の後のシーンを担当している板野さんなんてもっと後だからね。板野さん、疲れるだろうな~って(笑)。 (「押井守ぴあ」より)
ここで出てくる”板野さん”とはもちろん板野一郎さんのことで、『伝説巨神イデオン』や『超時空要塞マクロス』で素晴らしい作画テクニックを発揮し、大量のミサイルが縦横無尽に空中を飛び交う壮絶なアクション「板野サーカス」を生み出すなど、一世を風靡した凄腕アニメーターです。
そんな板野さんは、『ビューティフル・ドリーマー』では面堂が所有しているハリアーにあたるやラムたちが乗り込み、上空から友引町を見てみると、町全体が巨大な亀の背中に乗っていた!という衝撃シーンを担当しています(ここだけメカのディテールが異様に細かいw)。
なお、当時は何かを調べようとしてもネット環境が存在せず、ハリアーの資料もほとんど無かったため、コックピットの計器やスイッチ類は板野さんが適当に描いていたらしい(笑)。
●「相手は誰だ!?」と大騒ぎに
では、『ビューティフル・ドリーマー』の実際の制作現場はどんな感じだったのでしょうか?実はセルの色を決める「色指定」というポジションで、ちょっとしたトラブル(?)が発生していたようです。
色指定はハラハラしたよ。いや、仕事の中身じゃなくて、担当者のお腹がどんどん大きくなってたから。「間に合うのかしら?」って。ちょうど大詰めになった時に妊娠が発覚して「いったい誰だ!」と大騒ぎになってさ(笑)。まあ『うる星やつら』ってそういう作品だったよね。現場でも男と女がくっついたり離れたり、僕の知ってる限りでも何組かくっついて何組か破綻してるからさ。やっぱり、やってる作品に影響されるんだろうね。アニメといえどもそうなんだよ。
昔、トリュフォー(映画監督のフランソワ・トリュフォー)がそんなこと言ってた。『柔らかい肌』(1964年)の時かな?「みんなパートナーを裏切った」って。『華氏451』(1966年)の時は撮影の合間にみんな本を読んでたって。だから、こういう作品をやってる時ってそういうことがあるんじゃないかな。まあ、現場が若かったっていうのもあるけどね。だって10代の女の子がいたんだもん。そりゃそうなるよ(笑)。 (『うる星やつら2』のオーディオ・コメンタリーより)
なんと制作が大詰めを迎えた頃に、割と重要なポジションを担当していた女性スタッフの妊娠が発覚し、「いま産休で休まれたら作業がストップしてしまう!」と騒ぎになったらしい。そんなことがあるんですねえ(笑)。
なお、作画に関しては前回の失敗を反省(?)して、実際の締め切りよりも1ヵ月早いスケジュールを現場に伝えていたため、アフレコの時には95パーセントぐらい完成しており、なんと色までしっかり付いていたそうです。押井監督曰く、「今回は色塗りを手伝わなくて済んだので助かった」とのこと(笑)。
●謎や疑問を考察する!
『ビューティフル・ドリーマー』は、「ラムの夢の中に閉じ込められた人々の姿を描く」という構造になっていて、永遠に繰り返される学園祭前日の光景や、現実と虚構が入り混じる独特の世界観が多くのファンを魅了しました。
と同時に、「あのシーンはどういう意味なの?」と観客の思考を困惑させるような場面があちこちに散りばめられている点も大きな特徴と言えるでしょう。
例えば、しのぶが大量の風鈴が鳴っている不思議な空間に迷い込んだ時、アパートみたいな部屋の窓から男の人が見ているシーンがあるんですけど、「あれはいったい誰なんだ?」と公開当時から話題になっていました。
「あたるの姿に似ているような…」という意見もありますが、『ビューティフル・ドリーマー』で演出を担当した西村純二さんによると、「あのキャラクターには明確な設定がありません。しかし僕は押井守だと解釈しました」とのこと。
作画打合せの時に「ちょっと小柄でふっくらしていて押井監督の後ろ姿」という感じで描いてもらった覚えがあります。なで肩なところが押井さんっぽいかなと。ただ、監督から直接そういう指示があったわけじゃなくて、打合わせの時に僕がそう解釈して、そういうふうに作ってもらったんです。もう少し言うと、あの場面のしのぶは”観客”なんだと。つまり、映画の世界に迷い込んだ観客を外側から押井守が見ている、というシーンなんですよ。あそこで映っている大量の風鈴は要するにフィルムのパーフォレーションで、映画を観ている観客が「何だ、この映画は?」と戸惑っている、そういう状況を表現したシーンなんです。 (「BSアニメ夜話」より)
また、劇中でサクラさんが「築60年、木造モルタル3階建ての時計塔校舎、いつから4階建てになったのかのう…」と言うシーンがありますが、エンディングでは2階建てになっています。これはいったい、どういうことなのでしょう?
当時はファンの間で「本来は3階建ての校舎がラストで2階建てになっているということは、実は現実の世界ではない、つまりまだ夢邪鬼が作った夢の中にいる…という意味なのでは?」などと白熱した議論が繰り広げられました。しかし…
実はこれ、TVシリーズで起きた”ミス”を押井監督がネタにしてたんですね。アニメには「美術設定」というものがあるんですが、TV版の時はそれをきちんと管理してなかったという。以下、押井監督の解説より。
友引高校が2階建てだったり3階建てだったりするのは、要するに設定とかを誰も管理してなかったんだよね。TVシリーズは他の話数のカットなんかも平気で使ったりしてたから、そうするとエピソードによって2階建てが出て来たり3階建てが出て来たりするわけですよ。友引高校なんて何回も描かないからね。背景を使い回ししてたらある日「あれ?」って気付いて。それがきっかけになったんです。 (『うる星やつら2』のオーディオ・コメンタリーより)
また、小さい女の子(子供のラムちゃん)があたるに「責任とってね」と言うシーンも議論の的になりました。これに関して、押井監督は「あれはもう、苦し紛れ。あそこで少女を出したのは、ラムそのものを出すのがあまりにもつらいから。少女にすることで成立したの。じゃないと、あのセリフは利かないと思ったから」と語っています。
あのセリフについては色々聞かれたよ。「責任とってね」って何なんだ?って。まあ分かる奴には分かるんだよってことなんだけどさ。おじさんにならないと分からない。ハッキリ言って若い人には絶対に分からないよ、と言ったんだけどね。そういうセリフは、僕は意外と好きだし、いいもんだと思うよ。分からなくてもいいんだよ。 (「ロマンアルバム押井守の世界」より)
一方、演出の西村さんはこのセリフについて「押井守監督の実体験なのでは?」と考えていたようです。えええ!?
僕がこのシーンを演出した時に思ったのは、「ああ押井さん、絵コンテを描く前に誰かにこのセリフを言われたんだな」と(笑)。この通りのことを言われたかどうかは分からないけど、「たぶんプライベートで実際にこういうことがあったんだろうな」と。根拠はないんですが、妙な確信を持ってましたね(笑)。 (「BSアニメ夜話」より)
いや~、『ビューティフル・ドリーマー』の制作中、押井監督の私生活に何があったんでしょうねえ(笑)。
というわけで、本日は押井守監督の傑作アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』について詳しく解説してみました。「終わりなき日常」を描いた本作は”ループものアニメ”の元祖とも言われ、後続の作品に多大な影響を及ぼしています(ハリウッド映画では『ダークシティ』などに類似のシーンが見られる)。
また、アニメファンや映画ファンに与えた衝撃も絶大で、36年前の作品にもかかわらず、いまだにその魅力が色褪せていないのは驚異的と言うしかありません。キャラクターの長台詞や不思議な世界観など、1カットに込められた情報量が膨大で、何度観ても見飽きないんですよねえ。でも、それこそがまさに名作の証だと思います。